2025.9.18
なぜ男は「一か八かの告白」をしてしまうのか? 文化祭でイケメン友人から学んだこと【平成しくじり男 第2回】
かつての「エモい」が、今は「加害」
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「なにこれ、ありがとう!大切にするね!……でも申し訳ないんだけど、山下くんとは付き合えない。私、受験勉強にちゃんと集中したいんだ」
東条さんは凛とした目でそう言った。いつもは遠くから笑顔の東条さんを眺めていただけだったから、そんな真面目な表情の東条さんを初めて間近で見た。振られたことはとても残念だったけど、東条さんらしい真面目な振り文句だったから、清々しい気持ちになった。
「これで頑張るね!」
空き教室から出るとき、東条さんはストラップをこちらに見せながらとびきりの笑顔を見せてくれた。やっぱり東条さんはいい人だと思った。受験が終わったら、また告白しようと思った。
「俺は振られたよ。東条さん、受験勉強に集中したいってさ」
その日の夜。高校の近くにあった公園に告白したメンバー5人で集まった。みんなの告白の答え合わせの時間だ。
「俺も振られた。友達でいたいって……」
「俺も振られた……」
「俺も……」
4人の報告を聞いたあと、イケメン遠藤が気まずそうな顔をして言った。
「ごめん、俺OKだったわ」
*
けっきょく顔がものをいう世界かよ!クソがよぉ!
大学生になった僕は鬱屈とした気持ちを抱えながらインターネットに張りつく生活を送っていた。僕が大学生だった2010年代の前半は、本屋ではモテ指南本が流行り、はてなブログなどのブログサービスではモテや非モテについて書かれた記事が人気を集めていた。恋愛がうまくできない自分を変えるためのヒントが欲しくて、僕はそうしたブログ記事を日々読み漁っていた。頭の片隅には、ずっと東条さんの存在があった。
「やっぱり東条さんのことが好きな気持ちは変わりません。将来のことを考えたうえで、付き合ってほしいです」
受験が終わってから、僕はもういちど東条さんに告白をした。
「そう言ってくれてありがとう。でも、山下くんとは付き合えないです。せっかく私のことを応援してくれたのに、私はなにも返せていないうえに気持ちにも応えることができなくて、ごめんなさい」
そう言いながら東条さんはその場に泣き崩れた。はじめて見る東条さんの泣いている姿を見下ろしながら、自分はいったい何をやっているのだろうと思った。好きな人に告白をするということ。それは、泣き崩れるほどの罪悪感を相手に抱かせてしまう行為なのだろうか…?
そんなモヤモヤとした疑問を抱えながらインターネットに張り付いていると、Twitterのタイムラインに気になるブログ記事が流れ込んできた。タイトルは『日本人以外は告白なんてしない』。投稿者が匿名のその記事には、こんなことが書かれていた。
日本人は、恋愛をするとまるで儀式のように告白をしがちである。そしてこの告白が免罪符のような機能を果たしていて、OKであればデートをしたりキスやセックスをしたりと、精神的にも身体的にも相手に深く踏み込むことが正当化される。
いっぽう欧米では事情が異なる。惹かれあう人がいれば互いのことを知るためのデート期間を長くて半年ほど過ごす。相性を確かめるためのひとつの手段として、デート期間の早い段階でセックスが行われることも少なくない。そのように時間を過ごすうちに自然と「付き合っている」という認識が育っていく。たとえ告白することがあったとしても日本人のように一か八かの告白をするのではなく、付き合ってることを確認するための告白をするのだ──。
その記事を読んだ瞬間、「ま、まじぃ!?」と思わず声が出た。自分は”一か八かの告白”だけがこの世の告白のすべてだと思っていたからだ。
しかしそれも仕方のないことだった。小学生のころ『学校へ行こう』というテレビ番組の『未成年の主張』のコーナーで、学校の屋上に立って全校生徒の前で好きな子に告白する中高生のことを家族と一緒に見ながら応援していた。深夜になれば日本の元祖恋愛リアリティーショー『あいのり』を自室で見ながら、告白を成功した暁にキスをして日本へ帰る大人たちに憧れの気持ちを抱いていた。僕がテレビで見てきた告白は”一か八かの告白”だけだった。”確認のための告白”なんてものを知る機会は一度もなかったのだ。
……いや、ひとつだけあったかもしれない。
僕はイケメン遠藤のことを思い出した。文化祭が迫ったあの日。僕と友達の4人は片思いの女の子に”一か八かの告白”をするなか、遠藤だけは、相手のほうから言い寄ってきてセックスまでした女の子に告白をしていた。当時は「お前それ勝ち確だろ」「せこすぎるわ」などと遠藤のことを非難してやっかむばかりだったが、ただひとり遠藤だけは”確認のための告白”というものをしていたのではなかったか…?
そのことに気づいた瞬間、僕は遠藤のようになりたいと思った。好きな人と付き合うことができないどころか、好きな人が泣き崩れるような告白をしてしまうような自分を変えたいと本気で思った。本気で変わろ思たら、意識を変えようとしたらあかん。意識やのうて、『具体的な何か』を変えなあかん。具体的な、何かをな。
それからは、気になる人ができたら「よかったらもっと話したいのでご飯に行きませんか?」と、まずはご飯に誘ってみることにした。デートを何度か重ねていい雰囲気になることがあれば「キスしてもいいですか?」と聞いてみたり、時には「セックスがしたいです」と伝えることもあった。「聞き方が直接的すぎるだろ」と言われたこともあれば、「もっとムードとか考えたら?」とダメ出しされたこともあったが、別に告白をして付き合うことを経なくとも、デートに行くし、キスもするし、セックスをする間柄になれる人ができるようになった。そこから恋人になる人だってできた。すべては告白から恋愛がはじまると思っていた僕からすると、それは大きな革命だった。
そしてふとわからなくなった。高校生のころの自分は、どうしてまともに話したこともない東条さんのことをあれだけ好きになれたのだろうか。できなかったことができるようになるのはたしかに嬉しいことだ。しかし、できなかったころの気持ちを思い出せなくなってしまうのは、どこか寂しくもある。
しかしその答えは意外なところからやってきた。YouTubeのおすすめ欄に出てきた、ゲームクリエイターである桜井政博さんのYouTubeチャンネル『桜井政博のゲームを作るには』に出会ったことがきっかけだった。
桜井政博さんといえば、『星のカービィ』や『大乱闘スマッシュブラザーズ』など、名作と呼ばれるゲームの生みの親である。『星のカービィ』と同じ平成4年の生まれで、小学生のころからシリーズ処女作である『大乱闘スマッシュブラザーズ』を友達とプレイしながら青春を過ごしてきた僕からすれば、下手したら親と話している時間よりも桜井さんが生みだしたゲームをプレイしている時間のほうが長いくらいだ。桜井さんは遊びを教えてくれたもうひとりの親と言っても過言ではない。僕は桜井さんのYouTube動画を見漁った。その中に『リスクとリターン【ゲーム性】』というタイトルの10分の動画があった。
「リスクを冒してリターンを得る。これがゲーム性の本質です」
動画のなかの桜井さんは、ゲーム性について端的にそう説明した。たとえばマリオのゲームであれば、敵がもっとも近づいてきたときにこそ敵を踏み潰して倒すことができる。もっともリスクが大きなときに、もっとも大きなリターンが得られる。それがゲームの面白さの秘訣である、と。
その動画を見終わったとき、高校生のころの自分がまともに話したこともない東条さんのことを好きになった理由がわかった気がした。あれは、ゲームみたいなものだったんじゃないか。まともに話をしたことも、デートをしたことも、もちろんキスやセックスをしたこともない東条さん。そんな手の届かない存在に一か八かの告白をする。これ以上にハイリスク・ハイリターンで、ゲーム性が極限にまで高まる瞬間があるだろうか? まったくもって射的みたいな話じゃないか。もっとも価値の高いものは、もっとも高くて遠い場所に置く。それが僕にとっては東条さんだったのだ。最上段に置かれた東条さんのことを射止めるゲームを、僕は男友達をギャラリーにして楽しんでいただけだった。東条さんの意思とは全く無関係なところで勝手に期待を吊り上げて目玉景品のように扱ってしまったことが、泣き崩れるほどの罪悪感を東条さんに抱かせたのではないだろうか。
*
今はもう、一か八かの告白をすることもなくなった。しかし告白に関する悩みは尽きないものだ。デートもするし、キスもするし、セックスもする間柄になった人ができて”確認のための告白”をするとして、ではいったい、改めてなにを確認するべきなのだろうか…?
「しっかり長く一緒にいたいと思っているので、正式に付き合いませんか?」
今でもそれが適切な言葉なのかはわかっていないが、直近で告白したときはそんな言葉が口から出てきた。これからお互いの人生に何があるかわからないし、何がきっかけでどちらの気持ちが冷めてしまうかもわからない。それでも長く2人でこの世界を一緒に楽しむことを意思しませんか? 告白のニュアンスはそのようなものに変わった。この世にあるリスクもリターンも2人で一緒に共有しようということだ。”一か八かの告白”をしているときは恋愛というゲームを共にしたのは男友達だったが、それが意中の女性に変わったともいえるだろう。
ちなみにそうして付き合った恋人には1年も経たないうちに浮気をされてしまい、自分が想像以上に傷ついて病んでしまったので別れることになった。どうやら恋愛というゲームの難易度は、イージーモードには設定されていないようだ。
(第2回・了)
次回連載第3回は10/16(木)公開予定です。
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