よみタイ

メイド喫茶で愛した女性の幻影を求める「アキバのギャツビー」

「きゃなめ」の話をする時だけ寂しそうに笑う

 ところで『グレート・ギャツビー』では、ギャツビーは昔の恋人であるデイジーの影を追い続けている。しかし、デイジーは既に結婚を果たしており、二人がいくら惹かれあっていても結ばれることはないのだ。

 だからこそ、ギャツビーは虚栄に満ちたニューヨークで孤独を感じている。ならば、秋葉原のギャツビーであるランさんはどうだろうか。
「きゃなめしか!」

 ある時、戦国メイド喫茶でランさんが呻いていた。ちなみに「きゃなめしか」は「きゃなめしかいない」の略だ。

 どうやらランさんは、上杉謙信の娘であるメイドさん、上杉きゃなめさんの名前を呼んでいるようだった。しかし、きゃなめさんの姿はない。それもそのはずで、ワシが店の常連になった頃に彼女は卒業してしまっていた。ワシから見たきゃなめさんは、それこそ『グレート・ギャツビー』の登場人物のように、自信たっぷり自由気ままなメイドさんで、店内を遊び場とし、同僚のメイドさんにドンペリをいれるくらいの派手っぷりが印象的だった。

「ランさんって、きゃなめさん推してたんすか?」

「いや、推しじゃないから」

 そう言って笑った直後、ランさんは再び「きゃなめしか!」と呻いていた。どうやら複雑な感情の機微があるようで、推しという言葉でまとめることのできない相手のようだった。そもそも「推し」という概念によって、単なる恋愛感情とは違った複雑な想いを表現できたはずだ。しかし、やはり秋葉原は恐ろしい場所で、今度は「推し」では説明できない感情もあるのだと知った。

 それはそれとして、あれだけ自由かつ気安く振る舞い、メイドさんや常連たちから人望を集めていたランさんが、きゃなめさんの話をする時だけは寂しそうに笑うのだ。まさにギャツビーと同じで、秋葉原でどれだけ華麗なメイド喫茶人生を送ろうとも、口にはできない喪失感を抱えているのだろう。遠くへ去ってしまった輝きを、いつまでも追い求めてしまう。その気持ちは、今のワシならばよく理解できる。

 それからランさんは、何度かの別れを経験したはずだ。新人メイドには優しいし、イベントでの派手な遊びっぷりもある。これで冗談半分でも口説くものだから、メイドさんたちからの人気は非常に高い。当然、ランさんに推してもらって喜ぶメイドさんもいたが、ワシはそれを横で見るたびに「きゃなめしか!」と呟く彼の姿を思い出していた。

 たびたびの比較になるが『グレート・ギャツビー』では、ニックはデイジーに対するギャツビーの秘めた純情を知り、虚飾に溢れたニューヨークで彼だけが本物だ、と感動する。ワシにとってはランさんの純情がそれだ。ただし、彼はTwitterでも同じように呟いていたから、全世界公開の純情といった具合だった。

ギャツビーとデイジーの感動の再会

 そんなある日、きゃなめさんが帰ってきた。

「え、きゃなめ!」

 山中もにゃかという名前となり、尼子家の武将である山中鹿之介の娘になっていた。卒業から数カ月後の電撃復帰だ。自由に卒業し、自由に復帰する。まさに働き方改革を体現したメイドさんだった。

 もちろん、その場にはランさんがいた。感動の再会に彼は何を言うのか、ワシはその姿を注視していた。

「きゃなめ、じゃない……?」

「上杉きゃなめは討ち死にしたから。もにゃかです、よろしく~」

 ランさんは拝むように、深く頭を下げ、そして一言。

「もにゃかしか!」

 自由なランさんと、自由なもにゃかさん、二人は出会うべくして出会ったのだ。

(つづく)

 連載第11回は4/14(木)公開予定です。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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