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メイド喫茶で愛した女性の幻影を求める「アキバのギャツビー」

マツコ・デラックスが驚愕し、神田伯山を絶句させた、異形のSF作家・柴田勝家。武将と同姓同名のペンネームを持つ彼は、編集者との打ち合わせを秋葉原で行うメイドカフェ愛好家でした。2010年代に世界で最もメイドカフェを愛した作家が放つ、渾身のアキハバラ合戦記。 前回登場したのは、戦国メイドカフェでメイド全員の「パパ」を自称する紳士でした。 今回は、まるで『グレート・ギャツビー』のギャツビーのような謎めいたお金持ちのお話です。
イラスト/ノビル
イラスト/ノビル

フィッツジェラルドの名作『グレート・ギャツビー』

『グレート・ギャツビー』といえば、アメリカの作家フィッツジェラルドの代表作で、狂騒の20年代とも言われた1920年代を舞台に、ニューヨークに暮らす人間の光と影を描いた世界的な古典小説だ。レオナルド・ディカプリオ主演で映画化されたので知っている人もいるだろう。

 作中の語り手は青年ニックで、彼は隣人のギャツビーからパーティに誘われる。ギャツビーはニューヨークの名士たちの間でも有名な男で、その派手な暮らしぶりと大胆な振る舞いから人々に好かれていた。しかし、誰もギャツビーの過去を知らず、様々な噂が飛び交っている。そんなギャツビーはニックに自らの前半生を語り、また彼の親戚であるデイジーと元恋人であった過去を伝えた。あの華麗なギャツビーは、誰よりも孤独で、かつて愛した女性の幻影を求めていたのだ。

 というのが『グレート・ギャツビー』のあらすじだが、なんでメイド喫茶のエッセイでこんな話をしたのか。それはワシが、あの華やかながらも影のある街、秋葉原で偉大なギャツビーと出会ったからである。

謎めいたお金持ち、ランさん

 ニックがギャツビーと出会ったのがパーティの最中だったように、ワシが戦国メイド喫茶で彼を初めて見かけたのも、メイドさんの生誕イベントか何かの騒がしい夜だった。

「あ、ランさん!」

 メイドさんたちが彼を出迎える。金髪のロングヘアにサングラスという出で立ちは、どこかのホストかロックバンドのメンバーにも見えた。外見としては20代だが、落ち着いた雰囲気があるから年上かもしれない、と思った。

「いや、一時間で帰るから」

 イベントの終盤にやってきた彼は、そんなことを言いながらシャンパンを注文し、メイドさんやお客さんたちに振る舞っていた。彼の推しのイベントではないはずだが、店の売上と主催のメイドさんのためにと、気前よく支払っていた。財布は持ち歩かないのか、取り出したマネークリップにはピン札が束ねられている。

 その後も、ランさんと会うことが増えていった。当時、彼が推していたメイドさんが、ワシの推しであるきゃりんちゃんと一緒にいることが多く、必然的にワシが店に来る日とかぶっていたのだ。

「最近の化粧品高いね」

 ある日、彼は両手に大量の紙袋を抱えて店に参上した。有名ブランドの名前が並んでいるが、全てがどこかの女性へのプレゼントだという。

「とりあえず何が良いかわかんないから、全部買ってきちゃった」

 その時点のワシは、この人はとてつもない金持ちなんだと思っていた。実際にメイドさんに彼の話を聞けば、会社を三つくらい運用しているはずと言っていた。ただし、社長かどうかについてはメイドさんも首を傾げていて、恐らく特殊な立場で働いているのだろうとワシも推理していた。

「いい仕事あるよ、香港行ってさ、ちょっと荷物受け取ってくれればいいからさ」

 数人の常連たちと一緒にランさんと話していて、そんな冗談が飛んできた。全く怪しい仕事だが、この人が言うと本当かもしれないと思ってしまう。事実、彼は香港で会社を持っていたというし、現地の地理にも詳しいので説得力がある。

 その他、ランさんと話している中で様々な経歴が明らかになってきた。

 まず彼は旧家の出身で、若い頃は東京や横浜を転々とし、ヒモのような生活をしていたことを聞いた。さらにカードゲームが得意で、フランスで開かれた世界大会に行き、現地でナンパもしたとのこと。さすがに冗談かと思ったが、実際にカードゲームやボードゲームは強いし、パリにも詳しかった。その後、結婚をしたとかしないとかの話を聞き、ハワイで挙げた結婚式の写真も見せてもらった。今は妻と別れ、秋葉原のマンションで暮らしており、気が向いたらコーヒーを飲みにメイド喫茶に来るという。一方、音楽関係の仕事もしていたらしく、家に機材はあるし、実際にピアノも弾ける。そのコネなのか、地下アイドルの現場では大体の運営側に知り合いがいて、また新宿界隈の動向にも異様に詳しい。

 といった経歴を並べると、彼がいかにギャツビーに見えるのかわかってもらえたと思う。どれが冗談で、どれが真実かはワシには判断できなかったから、とりあえず聞いた話をそのまま書くことにした。なお他にもエピソードはあるが、ここでは省略しよう。

 ここで一つ、ランさんには絶対的な事実がある。それはタヌキと名付けた猫を飼っていて、深夜の秋葉原で散歩させるのが日課だったということ。折れ耳の顔が丸い猫で、その可愛さは路上でビラ配りをするメイドさんの間では有名だった。

 というか、深夜に猫を連れ歩ける時点で秋葉原付近に住んでいるのは確定である。秋葉原のマンションで暮らすなど、それこそ1920年代のニューヨークの上流階級ばりだろう。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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