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結婚は罰ゲームなんですか?

【弁護士とアレ子】

(弁護士)
「敗訴判決はやっぱりショックでしたか?」

(アレ子)
「はい。ショックでした。
先生から判決はたぶん敗訴だと聞いていたけれど、
やっぱり裁判官はわかってくれるのじゃないかと
期待をしてしまいました」

(弁護士)
「日本の裁判官、特に家庭裁判所の裁判官の多くは、
できるだけ人の感情の部分には立ち入らない、
できるだけ形だけを見て判断をするというスタンスなんですよ」

(アレ子)
「でも、ここで離婚を認めなかったら、
どうしろっていうのでしょうか。
今さら、私が家に帰って夫と仲良く暮らすことができるとでも
裁判所は思っているのでしょうか」

(弁護士)
「いや、裁判官はそんなことは思っていませんよ。
ただ、離婚したいという人と、
とにかく離婚したくない人がいたとき、裁判官の気持ちとして、
離婚したくない人に『アンタ我慢して離婚しなさい』
と言うのがしんどいのでしょうね」

(アレ子)
「しんどい?」

(弁護士)
「裁判官としては、離婚したい人に『離婚を認めない』というのは、
現状維持なワケで、裁判官自身が『何か判断したからこその責任』は
考えなくていいですよね」

(アレ子)
「たしかに現状維持ですね」

(弁護士)
「でも離婚したくない人に『離婚しなさい』と命令するのは、
現状を動かすことだから、その後、もしその人が幸せじゃなくなったとき
『あのとき無理に離婚させた裁判官のせいだ』なんて思われたら
寝覚めが悪いですよね」

(アレ子)
「たしかにそうですけど、じゃあ一度結婚した以上は、
永遠に結婚を強制されるのですか?」

(弁護士)
「判決の最後のほうですが、アレ子さんが家を出て離婚を求めた時点で、
夫婦の婚姻関係は破綻していると、そこから先は離婚に向けた
別居になっていると書いていますね」

(アレ子)
「はい」

(弁護士)
「だけれど、その別居期間は、調停まで半年、調停の1年、
そして裁判をしていた1年半を合わせても合計3年間しかないから、
有責配偶者からの離婚を認めることができるほどの相当長期では
ないと書いていますよね」

(アレ子)
「3年の別居じゃ相当長期ではない……」

(弁護士)
「そうです。夫婦としてはもう終わっている関係だということまで
裁判官は認めているのです。今回の裁判官も、人の心としては、
いつか離婚するしかないと思っているんだろうけど、
形式的にダブル不倫をしていたアレ子さんに
『アンタが我慢しなさい』と言っておいて、
別居期間が7年とか8年とかもっと長くなり」

(アレ子)
「7年!?」

(弁護士)
「そうです。そのくらいと言われています。
そのくらい長期に別居が続いて、離婚したくないと言っている人に
『もういいかげんにあきらめなさい』と無理に離婚させても、
裁判官の寝覚めが悪くない程度にまで待ちましょうという、
それが日本の離婚裁判でいう有責配偶者からの離婚請求の
理屈なんです」

(アレ子)
「今の段階では裁判官は、私に恨まれても
『不倫したアンタが悪いのです』と言いやすいけど、
夫に恨まれたら『どっちもどっちでしょう』
とはまだ言いにくい、そんなことですか?」

(弁護士)
「うまいこと言いますね。
当事者任せの協議離婚だったら理由無制限一本勝負で
どんな理由でも離婚できるのですが、
第三者である裁判官が離婚を命じるとなると、
その途端に『よっぽどの理由じゃないと離婚させない』
となるんですよ」

(アレ子)
「私、高等裁判所に控訴していいですか」

(弁護士)
「控訴審も判決ではたぶん負けますが、
有責配偶者と言われる側ほど、常に離婚を求め続けることが
大事な情状となってきますから」

【アレ子のその後】

幸せを実感するアレ子

アレ子の結婚はけっして幸せなものではなかった。

そしてアレ子は今も離婚できず、
幸せでない結婚はずっと続いている。

家庭裁判所の敗訴判決の後の控訴審、
控訴審の裁判官も、
夫に対して「離婚してはどうか」
と和解の水を向けた。

でも、夫は、

「とにかく不倫した妻からの離婚は受け付けない」

と頑なに離婚を拒否した。

アレ子は思わず裁判官に、

「結婚は人生の罰ゲームなんですか?」

と言ってしまった。

すると裁判官からは、

「ええそうですよ。
 法律のどこをひっくり返しても、
 結婚したら幸せになるなんて書いていませんから」

と吐き捨てるように言われた。
そして控訴審も、アレ子の敗訴判決だった。

アレ子の弁護士が、

「有責配偶者だからといって、
 永遠に離婚できないわけじゃないです。
 何度も離婚訴訟を繰り返して、
 3周目くらいで離婚判決をもらえばいい」

と言ってくれたから、アレ子はもうそれに任せることにした。

とはいえアレ子自身の日々は、今、とても幸せだ。

彼と一緒に暮らし、彼と同じものを食べ、
日常を全て共有している。

彼と同じ名字ではないし、
彼のことを胸を張って「夫」とはいえない。

でも、彼との人生を謳歌している。

裁判官が言ったように、
「結婚したら幸せになる」
なんて法律のどこにも書いていない。

同じように法律には、
「愛情があることが結婚の条件だ」
とも書いていない。

アレ子は、夫に離婚訴訟を提起したことで、
結婚という呪縛からもう解き放たれた。

アレ子にとって、大切なのは、
夫との離婚でもなく、彼との結婚でもなく、
最愛の彼と一緒に人生を歩むその事実だ。

そう、自分はやっと幸せになれたのだ。

アレ子は、33年前の六月の雨の日、
浮かない顔で花嫁修業から帰る、
22歳の自分自身を思い浮かべる。

「大丈夫、最後は幸せな人生になるから」
とアレ子は、あの日の自分に、
遠くから、今ここから声をかけた。

本連載に書き下ろしを加えた単行本『夫婦をやめたい 離婚する妻、離婚はしない妻』が6月25日に発売予定です。どうぞお楽しみに!

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新刊紹介

南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部卒業、同大学院修士課程修了後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に二人で弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』(監督:戸田ひかる)は、2017年の第30回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞し、2018年全国上映で好評を博す。タレント弁護士として、テレビ番組へのコメンテーター出演やドラマ・映画の監修なども手掛ける。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・南和行のInstagram
https://www.instagram.com/minami_kazuyuki/

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