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「特定の和音からアイスクリームのような味がする」共感覚の研究でわかったクオリアとの関係とは──東京大学准教授・浅野倫子インタビュー

「私が思い浮かべる『赤色』と、あなたの頭の中の『赤色』は、本当に同じ色?」
こんな問いを考えたことがある人は多いかもしれません。
そういった「赤い感じ」や「コーヒーの香りのあの感じ」等は、〈クオリア〉と呼ばれています。

重要なテーマであっても、これまで科学的にアプローチしにくかった〈クオリア〉。
そこにいま、様々な分野の最先端の研究者たちによる、新たな研究が進んでいます。
〈クオリア〉を探求する多様な研究者に話を聞く、インタビュー連載です。

人口の数%が持っている「共感覚」では、文字に色を感じたり、音に味が付随したりといった多くの人にとって不思議なこと が起こる。ごく少数の人々が経験する特別な現象に思えるが、共感覚を研究する浅野倫子氏(東京大学)は、そこにはヒトの認知を読み解く重要な鍵が潜んでいるという。

(聞き手・構成・文責:佐藤喬、特別協力:藤原真奈)

浅野倫子(あさの・みちこ)■東京大学大学院人文社会系研究科 准教授。専門は認知心理学。
浅野倫子(あさの・みちこ)■東京大学大学院人文社会系研究科 准教授。専門は認知心理学。

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「共感覚」とは何か?

「共感覚」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。私の専門は認知心理学なのですが、今、とくに力を入れて取り組んでいるテーマが共感覚なのです。

共感覚というのは、簡単に言うと、「ある情報を受け取ったときに、通常、引き起こされる感覚に加え、普通は引き起こされないような感覚も生じること」です。

具体的には、「文字に色を感じる」「月曜日から日曜日までの一週間が、直線状に並んでいる気がする(曜日に空間配置を感じる)」「特定の和音からアイスクリームのような味がする」などが共感覚の例ですね。共感覚にはほかにも様々なものがあり、現時点でも、カウントのしかたにもよりますが、75種類ほど の共感覚が見つかっています。

こう言うと、「あれ、私も共感覚を持っているかも」と思う読者もいらっしゃるかもしれません。数え方にもよりますが、一種類でも共感覚を持つ人は人口の4%ほどだと考えられています。ですから共感覚をお持ちの読者がいても不思議ではありませんが、マイノリティではあります。

ところで、 共感覚によく似た経験を、ほとんどの人がしていることをご存じでしょうか。

共感覚に似た感覚は多くの人が持っている

下に二つの図形がありますよね。一方には「ブーバ」、もう一つには「キキ」という名前がついているのですが、どちらがどちらに相当すると思いますか?

こう問いかけると、多くの文化圏 で大多数の人は「曲線的なほうがブーバで、ギザギザしているのがキキ」と答えます。たぶん、みなさんの中にもそう感じた方は多いでしょう。

ここでも言葉や音と視覚的な印象が結びついていますから、これも共感覚のように思えるかもしれませんが、違います。これは「感覚間協応」と呼ばれる、多くの人が持っている感覚です。

共感覚と感覚間協応には似ている点も多いのですが、はっきりした違いがいくつかあります。たとえば、共感覚の持ち主は少数派だけれど、感覚間協応は多くの人に見られます。

また、 共感覚では、異なる感覚間の結びつきかたが個人によって異なることが多いのですが、感覚間協応ではそうではありません。共感覚を持つ人では、「ぬ」という文字に赤さを感じる人もいれば、青を感じる人もいる。これも、先ほどのブーバ/キキの現象と違いますよね。あちらだと、多くの人は基本的に「ブーバ」と丸っこい図形を、「キキ」にはギザギザのほうと結び付けるわけですから、個人差があまりありません。

さらに、共感覚では、ある感覚と別の感覚(たとえば文字と色)とのつながりが安定していて時間とともに変化せず、さらには「自動的に」、つまりあえて意識しなくても勝手に文字に色が感じられるといった特徴があります。
そして、これは大きな謎なのですが、共感覚では「感覚A(たとえば文字を見る )→感覚B(たとえば色を感じる)」という関係があっても、その逆である「感覚B→感覚A」はまず起こらないのです。月日に直線的な空間配置を感じる人も、直線的な配置から月日を連想するわけではない。理由はわかっていませんが、共感覚の非常に興味深い点です。

ブーバ/キキのような感覚間協応や「静かな筆致」のような比喩表現は、共感覚と似ているようですが、今述べたように違いも多く見られます。共感覚とこういった現象は連続的だと主張する研究者も少なくないのですが、私は、原理が重なる部分もあるかもしれないけれど、やはり別物として扱うべきだと思っています。

ちなみに、もう少し補足すると、「文字に色が見える」といった表現は、あまり正確ではありません。文字に色を感じるタイプの共感覚者でも、文字の近くに色を感じる人もいれば、頭の中に色が浮かぶ人もいます。前者は「プロジェクター」、後者は「アソシエイター」と呼ばれて区別されていますが、この二種類の共感覚がまったく別物なのか、それとも連続しているのかについては議論が分かれています。なお、どちらのタイプの人でも、物理的な文字の色は正しく認識していますし、共感覚の色が物理的には存在しないことも認識しています。

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新刊紹介

佐藤喬

作家・フリーの編集者。著書に『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。構成作は『動物たちは何をしゃべっているのか?』(山極壽一/鈴木俊貴、集英社)、『AIに意識は生まれるか』(金井良太、イースト・プレス)ほか。

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