2025.1.4
イナダシュンスケが〝世界一好き〟なラーメン店は鹿児島にあった
しかし僕にとっては、そして星5つを付けている最大多数の人々にとっては、その全てが愛すべきものであることは言うまでもありません。
目の前に置かれたラーメンからは、先ず、臭みを抑えて丁寧に炊かれた豚骨スープならではの香りが立ち上ります。どこか上質なパテやテリーヌを思わせる香りです。そこに、焦がすように揚げた小ネギの香ばしさも入り混じります。
店員さんに言われた通り丼の底から全体をよく混ぜて、キャベツと麺とチャーシューの小片が同時に口に入るようにガバリと頬張ります。それを啜りこむと、麺そのものから、普通のラーメンとは全く異なる独特の馥郁たる香りが鼻に抜けます。その麺はあくまで柔らかく少しボソッとしていますが、そこにさっと茹でられたキャベツの瑞々しいシャキシャキ感が按配よく絡まることで、小気味よい食感が生まれます。
それがたっぷりと持ち上げるスープはインパクトに頼りすぎることのないキリッと高潔な味わいですが、そこにチャーシューの小片の噛み締めるほどに濃密な旨味が加わり、キャベツの自然な甘みとスープの奥に潜む椎茸のどこかいなたい風味も相まって、唯一無二と言ってもいい力強くも上品な味が出現します。
あとはそれを夢中で啜り続けるのみです。気が付けば、目の前のラーメン鉢はすっかり空になっています。
前回も書いた通り、現代におけるラーメンは、それを語るための「言語化」が極めて豊かに成熟しています。しかしそれはあくまで、汁物として単体で完成されたスープを語る言葉、コシのしっかりとした麺を語る言葉、贅沢な肉料理としてのチャーシューを語る言葉、といったように、要素を微分してあたかも精密な分析を行うかのように語る手法が基本です。
東京の、つまり全国においてメインストリームにあるラーメンの、麺とスープの上に各種の具材が整然と並べられたあのスタイルは、江戸前蕎麦における「おかめ蕎麦」などの種モノからの発展であるとも言われています。それを解析する場合であればその手法は申し分ないものではありますが、そこに囚われすぎると、その価値体系からはどうしても零れ落ちてしまうおいしいラーメンの本当の価値を、みすみす見逃してしまう可能性があるのもまた確かなのです。
次回は1/18(土)公開予定です。
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