よみタイ

広島VS大阪の仁義なき争いの陰で頑張る、各地の名もなき「お好み焼き」たち

 テレビなどでも昔からよく紹介されてきた大阪のお好み焼き屋さんがあります。そこでは個室も含め各テーブルの鉄板上でお好み焼きが焼かれるのですが、焼くのはあくまで店主です。お客さんは一切触れることを許されません。店主が各卓・各室を巡回するのですが、焦れったくなったお客さんがそれを触ってしまうと、怒られてしまうそう。正直僕は「お好み焼きごときに何を」と笑って観ていました。しかし今は笑えません。
 僕が大阪でも特にすごいと思っているある店は、おそらく極端に粉の割合が少ないです。大量のキャベツを最小限の粉でまとめているのでしょう。その店は焼けるまでに結構な時間がかかることもあり、僕は待っている間中、職人さんの手捌きをガン見します。そう、その技を盗もうとしているのです。しかし今のところ、それは全く盗めていません。どれだけ真似しようとしても、結局似ても似つかぬものしかできないのです。
 混ぜ焼きのローカルお好み焼きにも、もちろんそこにしか無い技術はあるのでしょうが、やはり大阪風は別格、という印象です。そしてそれは当然、職人を介して全国に広がり、日本中のお好み焼きのレベルを底上げしているということになります。

イラスト:森優
イラスト:森優

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 大阪のお好み焼きに関しては、少し気になっていることがあります。それがソースについてです。ある時、繁華街から外れたところにあるいかにも古くからやっていそうなお好み焼き屋さんのソースが、びっくりするくらい酸っぱい、というか甘くないことがあって驚いたことがあります。実は僕は大阪でも広島でも、お好み焼きのソースがいささか甘すぎることが微かな不満なのです。なのでその店で僕は感激して、ついついそのことについて店主さんに話しかけてしまいました。
 店主さん曰く「ウチは食事やのうてお酒のつまみにされる方がほとんどですから」ということでした。そして「昔はこういうソースの店がもっと多かったんと違いますかね」とも。気になって後日、大阪の方にもソースの味について聞いてみたところ、確かにそんな気がするし、中心部を外れると今でも「お好みソース」ではなく「ウスターソースと辛子」の店もあり、甘いのが好きなお客さんにはケチャップを出す店もある、と教えてくれました。それがどの程度一般的かはともかく、お好み焼きのソースはルーツを辿ればウスターソース、すなわち甘味は少なく酸味の強いソースに行き着くわけで、そういう文化が辺境に残るのは至極当たり前なことでもあります。
 現代の甘いお好みソースは広島で生まれたと言います。ウスターソースから、そこにとろみと甘みを加えた「とんかつソース」が生まれ、それがかの有名な「おたふくソース」の原型になったそうです。そして僕が知る大阪のお好み焼きの多く(つまり僕のような余所者が行くような、繁華街や駅近の入りやすい店)は、概ねそのタイプのソースです。というか、これはおたふくソースそのものだろうと思ったことも何度かあります。
 広島が大阪に対抗意識を燃やす一方で、大阪は躊躇なく広島の優れた文化を取り入れ、お好み焼きをさらに現代人好みにアップデートさせているということなのでしょうか。今回もまた、大阪人恐るべし、という結論で終わりそうです。
 
 最後に、大阪・広島に対抗しうる唯一のローカルお好み焼き(と言っていいのかは微妙ですけど)、東京の「もんじゃ焼き」にも触れたかったのですが、残念ながら僕はもんじゃ焼きを過去に一度しか食べたことがありません。もんじゃ焼きを焼くのは職人ではなく、引き続きお客さんに委ねられています。よく前を通る渋谷の人気もんじゃ焼き屋さんに、いつもたくさんのカップルが並んでいるのを見ると、僕はつい在りし日の「逢引茶屋」に想いを馳せてしまいます。
 神様、あの店にひとりで突撃する勇気を、どうか僕に下さい……。

次回は7/20(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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