よみタイ

広島VS大阪の仁義なき争いの陰で頑張る、各地の名もなき「お好み焼き」たち

博覧強記の料理人、美味の迷宮を東奔西走す!
日本の「おいしさ」の地域差に迫る短期集中連載。

前回は、「広島焼き」という名称がなぜ地元で忌み嫌われるのかについて考えてみました。
今回は、じゃあ大阪のお好み焼きって実際どうなん?という話から、各地のお好み焼き事情を考察します。

お好み焼き編③ 大阪のお好み焼きの「凄み」

 東京で生まれて全国に広がっていったお好み焼き文化。その中で広島と大阪のそれは特に劇的に進化していき、今度はその二つが全国に広まっていった……。これが大まかなお好み焼きの歴史です。前回名古屋ならではのお好み焼きについて少し触れましたが、現代において名古屋で食べられるお好み焼きのほとんどは広島風か大阪風であり、ローカルお好み焼きの文化は風前の灯火。お隣の岐阜もそんな感じです。おそらく全国で多かれ少なかれこういう現象は起こっていることでしょう。
 そういう話をある人、というかこの連載の編集者氏にかつてしたところ、彼女は「なるほど、お好み焼きの進化の陰で、全国に様々な〝お好まれない焼き〟があったんですね」と上手いことを言っていました。好まれないはちょっと失礼ですが、広島風・大阪風の圧倒的な完成度の前に、すっかりかすみがちなのは確かかもしれません。もちろん(名古屋も岐阜もそうですが)ローカルお好み焼きには根強いファンもいます。時に行列をなす店だってあります。しかしその人気は、価格の安さに負っている部分もかなり大きいような気はします。もちろん価格を安く抑えるというのは立派なことですし、当然安いという理由ばかりで支持されているわけでもない。しかし、これからそういう店が新たに立ち上げられることはなさそうです。商売としてはリスクが大きすぎます。
 前回も参照した近代食文化研究会著『お好み焼きの物語』によると、お好み焼きは最初は子供相手のおやつだったようです。それをだんだん大人も食べるようになっていったのですね。それでもそれはあくまでおやつ、ないしは酒のつまみです。大人が食べるようになったお好み焼きは、逢引茶屋のメニューにもなったそうです。つまり個室で男女が自分たちで焼き、誰にも邪魔されずにデートするための食べ物。お好み焼きはコミュニケーションツールでもあったのです。そしてその側面は、家庭のホットプレートで焼かれるお好み焼きにも受け継がれています。
 余談ですが、僕はだいたいどんな飲食店でも、ひとりで行く事は全く苦になりません。焼肉だろうがフレンチだろうが、急に思い立ったらすぐ躊躇なく行ってしまいます。おひとり様上級者と言っても良いでしょう。そんな僕が、二度とひとりでは行けないと思っているのが、とあるロードサイド型のお好み焼きのチェーン店です。
 その店のメニューを開くと、そこには「鉄板コミュニケーション」という不思議な文字列がデカデカと書かれています。最近のチェーン店、特に専門店系は、メニューに事細かく食材や料理のこだわりなどがしつこいくらいに書かれているものですが、その店のメニューにそういうものはほぼ皆無で、その代わりお好み焼きがいかに「コミュニケーション」に最適かが、入念に書かれています。僕はボウルごと渡されたお好み焼きの生地を自分で自分のためだけに焼きながら、実にいたたまれない小一時間を過ごしました。

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 閑話休題。
 大阪のお好み焼きも広島のお好み焼きも、ひたすらその厚みを増す方向で進化した、と書きました。それは単に味の向上のみを意味するものではなく、おやつであったりコミュニケーションツールであったりしたお好み焼きが「食事」に進化したことを意味します。食事であればそれなりの単価を確保し、具材を豪華にしてその分更に価格を上げることもできるわけで、いつまでもおやつであり続けたローカルお好み焼きとは違い、商売としてはぐっと成立しやすくなります。
 その代わり、そこには作り手の高度な技術が不可欠となります。広島風のお好み焼きを家で焼こうと思ったら難事業なのはわかりやすいと思いますが、一見混ぜて焼くだけに見える大阪風も、実は相当のものです。似たようなものは確かに簡単です。最近の市販の〇〇粉の類は、天ぷら粉でも何でもびっくりするくらい優秀なので、パッケージに書いてある通りのことを忠実に守ればそれなり以上のものはできますが、大阪のお店の(全てがそうだというわけではないにせよ)それはやはり違います。そこには、寿司やナポリピッツァ同様の「職人の技」があるのです。
 恥ずかしながら僕がそのことに気づいたのは比較的最近です。広島風のお好み焼きをプレミアムなお好み焼きと崇拝していたのは前回まで書いた通りですが、大阪のお好み焼きはそれこそ「混ぜて焼くだけ」だと思っていて、あえて積極的に食べようとはしていませんでした。すみませんでした。全力で謝ります。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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