よみタイ

麺もダシも「うまけりゃええやん」が象徴される〝大阪讃岐うどん〟という存在

博覧強記の料理人、美味の迷宮を東奔西走す!
日本の「おいしさ」の地域差に迫る短期集中連載。

全5回にわたりお届けしている「うどん編」。
前回は、福岡のご当地うどんについて語られました。
今回は、食いだおれの街・大阪におけるうどんのトレンドについて。

うどん編④ コシとはうどんの進化なのか

「コシって何だろう?」
 時々よくわからなくなります。
 世間ではよく、「コシがあるのと硬いのは違う」と言われます。これは何となくわかります。小麦粉を水で捏ねると、その中に含まれるタンパク質からグルテンが生成されます。そこに塩も加わると、グルテンはより強固で安定したものとなり、強い弾力が生まれます。おそらく我々がコシと呼んでいるものは、このグルテンの弾力に起因するものなのでしょう。名古屋の「味噌煮込みうどん」の麺は、初めて食べた人が「生煮えなのでは?」と困惑するくらい硬いのですが、その硬さは明らかにコシとは違う何かです。このうどんは、塩を加えずに捏ねられるそうで、グルテンの結合は決して強くはない、ということのようです。
 個人的には、このグルテンの弾力に加え、麺の表面部分と中心の異なる食感のグラデーションもまたコシの要素のひとつなのではないかと考えています。讃岐うどんでは、これを明確に感じます。表面は滑らかでもちもち、中心に行くに従って、ムチッと強い弾力が歯を押し返してきます。そしてそれを噛み締めると、ふわりを鼻腔に抜ける麺そのものの風味。……ああ! 書いていたらなんだか猛烈に食べたくなってきました!

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 冷凍讃岐うどんは、麺を急速冷凍することでこのグラデーションを再現し、全国で人気を博しました。逆に言うと本来このグラデーションは、打ちたて、茹でたてのうどんならではのものなのでしょう。チルドのゆでうどんではこのグラデーションはほとんど感じられませんし、乾麺を茹でたものも、やはり生麺とは明らかに違います。
 パスタの「アルデンテ」や、博多ラーメンの「バリカタ」もやはり、グラデーションのある食感です。本来それは、コシがあるというより硬いと表現されるべきなのかもしれませんが、実際はこれも往々にしてコシと表現されることがあります。それもあえて「広義のコシ」とするならば、日本人は少なくともこの30年くらい、ひたすら麺のコシを追い求めてきたとも言えるのではないでしょうか。
 そういう意味では、コシとは麺における進化の結果そのものなのかもしれません。その進化が進んだ現代の日本では、もはや「コシあらずんば麺に非ず」的な、ある種のコシ至上主義がすっかり定着しているようにすら思えます。しかしそうなると面白いもので、一部で保守反動的な流れも生まれるのですね。
 アルデンテからは程遠いナポリタンやロメスパは、なんだか今の疲れた日本人を癒してくれているかのようです。長らく「バリカタ、ハリガネ、粉おとしこそがツウ」と信じられてきた博多ラーメンの世界でも、最近は「普通に芯まで茹でてこそ、麺の味わいが引き出されるのだ」という見解が目立つようになりました。「バリカタお断り」の貼り紙を掲げるお店だってあるくらいです。そして、柔らかいうどんの良さをもう一度見直そう、という風潮は、あくまでごく一部でなのかもしれませんが、最近度々目にするようになってきました。

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 前回そんなやわうどんの、言わば聖地のひとつとして福岡を挙げました。しかしもう一ヶ所、忘れてはならない地域があります。そう、大阪です。大阪のうどんは、同じ関西圏のお隣さんである京都と同じく、あくまでダシが主役と言われています。うどんの麺自体にはさほど主張がなく、あくまでダシを邪魔しないようそこに寄り添う存在ということですね。ただ僕は大阪のうどんに対して、少なくとも今はそんな単純な話でもないのではないか、とも思っています。
 3年ほど前、僕は仕事の関係で、大阪に2ヶ月ほど長期滞在しました。その時僕は、せっかくなのでその期間、なるべく評判の良い大阪うどんを食べ続けてみようと考えました。全国的に有名で観光客にも人気の庶民的な老舗のいくつかは過去に一通り体験してきたので、その時は、大阪在住のグルメな知人に教えてもらった店や、レビューサイトで食にうるさい人々が高く評価しているような店ばかりを選んで行ってみたのです。
 面白いことに、そういう店では、あまり柔らかいうどんには出会いませんでした。手打ちを売りにしている店が多かったということでもあるのでしょう、確かに讃岐ほどではないのかもしれませんが、どこもはっきりとコシを感じるうどんでした。僕はそこでもやはり「コシとは進化である」という思いを新たにせずにはいられませんでした。
 飲食店というのは全国どこでも、お客さんに喜んでもらうために一生懸命です。しかし大阪という土地は、その一生懸命さが頭ひとつくらい抜けているような気がしてならないのです。言うなればサービス精神であり、顧客至上主義でしょうか。伝統を守り抜く、正統派を貫く、あるいは自分のやり方を押し通す。そういったことよりも、その時代時代のお客さんを満足させるために、できることは柔軟に何でもやる印象を、僕は昔から大阪の飲食店に対して持っています。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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