2024.3.16
いつから、日本のうどんは「讃岐うどん一強」になったのか
冷凍讃岐うどんの流行
1988年の瀬戸大橋開通を機に、うどん目当ての香川県への観光客は急増したそうですが、多くの人々にとっての讃岐うどん初体験は加ト吉(現・テーブルマーク)の冷凍讃岐うどんだったのではないかと思います。冷凍讃岐うどん自体は1970年代から存在したようですが、それはその後様々な改良が加えられ、この時代以降、生産量が急増したようです。
僕がこの冷凍讃岐うどんに出会ったのも、同じ頃、進学のために実家を出て京都で一人暮らしを始めてからでした。家で食べていたうどん、すなわち袋入りのゆでうどんとのあまりの違いに驚愕したのを憶えています。
まずコシの強さが、それまで知っていたうどんとは段違いでした。いやむしろ、うどんにもコシという概念があることを、その時初めて知ったと言ってもいいかもしれません。冷凍讃岐うどんは、茹でたてのコシを再現するために、タピオカ粉の配合や急速冷却・冷凍の技術など、研究に研究が重ねられたものだったそうです。
そしてそのコシもさることながら、僕が感激したのは「味」です。うどんの麺そのものに味がある、ということを初めて意識したのもこの讃岐うどんでした。この場合の味とは、ほのかな塩味に加え、豊かな香りです。それが小麦の味というものなのかはよくわかりませんでしたが、おいしいパンに香ばしい香りがあるのと同様、おいしいうどんには食欲をそそる香りがある。うどんとは無味な麺をおいしいつゆの味で食べるもの、というそれまでの「常識」が完全に覆ったのです。
僕はすっかり夢中になり、下宿の冷凍庫に冷凍讃岐うどんを常備することになりました。麺そのものに味があることに気付いてからは、それに醤油をかけるだけでモリモリと2玉、3玉と食べていたものです。時にはそこにキムチ、生卵、ツナ、マヨネーズなどで「味変」を試み、そうなると極端な話毎日食べても飽きることのない「常食」となっていきました。
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こうして讃岐うどんは、コアなうどんマニアのみならず一般の観光客までもが「聖地巡礼」とばかりに本場を旅行し、テレビや雑誌もそれをこぞって取り上げ、それを見てよだれを垂らす我々市井の民も、冷凍麺であればだいたいのスーパーで手に入れることができる、そういう形で一気に普及していったわけです。
世間ではおおむね、この讃岐うどんというものは「普通のうどん」の上位にあるものと位置付けられていた気がします。いわばプレミアムうどんです。冷凍うどんは確かに袋入りのゆでうどんよりは高かったのですが、これはむしろゆでうどんが安すぎるのであり、そこに数十円を追加するだけでささやかだけど確実な幸せが手に入るということですね。
冷凍讃岐うどんは当然業務用としても出回り、世の中のうどんがどんどん讃岐うどんに切り替わっていったのもこの時代です。いつも行く立ち食いうどんや定食屋さんのうどんが、ある時急にこの業務用冷凍讃岐うどんに切り替わってびっくり、という経験を何度かしました。
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さらに決定的だったのは、皆様もよくご存知であろう〔丸亀製麺〕です。2000年の創業以来着実に店舗を増やしていった丸亀製麺は、2000年代後半以降、爆発的に成長し、海外にも店舗を広げました。
丸亀製麺は、うどん自体のおいしさもさることながら、なんと言ってもあの半セルフサービスが秀逸でした。それは近代的な飲食店オペレーションとして的確なコスト削減を実現しつつ、お客さんにとってのライブ感溢れる体験を演出しています。
そしてこのシステムこそ実は、本場のそれを継承したものに他なりません。さすがに畑の裏からネギを掘ってくる、というわけにはいきませんが、マインドの部分は完全に同じです。店はとにかく最高のうどんを茹でたてで提供するけん、あとは自分で好きにしてくれんの、ということですね。
何しろ讃岐うどんは、たかだか20年かそこらの期間で、日本のうどんシーンを完全に制覇したと言えます。こんなローカルグルメは前代未聞だと思います。いや、それはもはやローカルグルメの域を完全に超えて、日本のうどんのスタンダードとなっているのです。
次回は4/6(土)公開予定です。
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