2024.2.17
実は東京だけ!? 「生姜キャベツ」「純白薬味ネギ」を知っていますか?
日本の「おいしさ」の地域差に迫る短期集中連載。
初回から3回にわたり、好評発売中の新刊『異国の味』最終章にして特別編「東京エスニック」を特別公開いたします。
2回目となる今回は、実は身近にある、東京ならではのローカルフードについてです。
東京の真っ黒なつゆのおでんは、僕にとって最高の「東京エスニック」のひとつでした。ダシにしても醤油などの調味料にしても各種のタネにしても、その構成要素はよく知っているはずのものばかりでしたが、仕上がった料理は全く未知の味わい。未知だけどそれはすこぶるおいしく、最初からスッと舌と身体に馴染みました。ちくわぶだけは少々困惑しましたが、これもかつて馴染んだ名古屋の味噌煮込みうどんや山梨のほうとうの親玉のようなものだと理解し、なんとか受け入れました。
おでんという料理は、元々「田楽」から来ています。特に味付け無しで焼いたり茹でたりした食材に、味噌を付けて食べる料理です。しっかり味付けしたつゆで煮込む現在のおでんは、江戸で生まれたそうです。それが関西に伝わり、従来の味噌を付けて食べるおでんと区別する意味もあってか「関東炊き」「かんとだき」と呼ばれました。それはいつしかたっぷりのダシと薄口醤油、味醂で淡く仕立てられたいかにも関西らしい料理として完成され、味噌おでんからその座を奪い、これこそが「おでん」のメインストリームとなりました。
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僕が初めて体験した東京おでんには、関東では珍しく昆布のダシがしっかり効いていましたが、これは実は関西のおでんつゆの特徴を取り入れたものだという説を聞いたことがあります。もしそれが本当なら、東京おでんは東京で生まれ、関西で発展し、それがまた東京に影響を与えるという行ったり来たりがあったということになります。
子供の頃から慣れ親しんだ味に執着するのは全人類に共通すると言えるでしょうが、日本人はやや特例的に、未知の味も積極的に受け入れようとします。そして東京は、そういった柔軟さや進取の気性が格段、という土地柄があります。この本の中では、外国料理の普及や発展に関して日本の中でも東京だけは特別だ、ということに何度も言及してきました。東京は新しい食文化を受け入れることも極めて積極的なのです。
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だから、ということなのでしょうか。東京おでんは今や、東京の中で決して主流ではありません。東京で生まれ育っても、これを食べたことがない人は結構いるのではないでしょうか。居酒屋などではおでんを出している店も多いですが、ほとんどは淡いダシの関西風に近いものです。コンビニのおでんは地域によって少しずつ味を変えているらしく、関東エリアのそれは他の地域より幾分かつおダシと醤油が強いと聞いたことがありますが、それでもそれはやはり、あくまで関西風おでんのバリエーションのひとつという印象です。
結局のところ、大局的に見れば、東京もやはり「味覚の関西化」からは逃れ得ていないのです。東京おでんを食べるには、「東京おでんの店」をわざわざ探す必要がある。だからそれは、僕のように西日本からやってきた異人にとってのみならず、東京で生まれ育った人にとっても、ある種エスニック的な存在と言えるのかもしれません。
ごま油で揚げた茶色い天ぷら、濃い「辛汁」をちょこっとだけつけて食べる量控えめの蕎麦、煮たり漬けたりの仕事を施したタネがメインの江戸前寿司、そういった超メジャー級の東京エスニックは、実はもはや東京においても主流ではありません。しかし主流ではないからこそ、それを愛する一部の人々が文化として大事に守り通しているのです。そして異人たる僕は、なるべくそういうクラシックで個性の強いものを探し求めて食べ歩きます。まさにエスニック料理と同じ楽しみ方なのです。
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こういったものは、言うなれば「自覚的東京エスニック」です。東京の人もそれが特殊な料理であることには自覚的で、なおかつそこに誇りを持っています。だからそれらは「東京ならではの美味」として、数こそ少ないにしても、全国に伝わっています。味覚の関西化に一矢報いているといったところでしょうか。
しかし僕が本当に面白いと思っているのは、むしろ、東京の人が東京独特であることに気付いていない「無自覚的東京エスニック」だったりもします。
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