2024.11.18
意思・仲間・知識の他に必要なもの【逃げる技術!最終回】それはお金と時間!
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対等に発言するためにも、経済的な自由は重要
前回、DVやモラハラから逃げるために必要なのは意思・仲間・知識だと書きましたが、もうひとつ欠かせないものがあって、それは身もふたもないのですが、やっぱりお金です。
今回、引っ越すと決めてからもわたしの腰は重く、不動産屋にお金を振り込むのに数日間、迷いました。前向きな引っ越しではあるものの「自宅をあきらめる」という、大きな執着を断ち切る決断でもあり、やはりぎりぎりまで迷ったのです。
敷金、礼金、不動産手数料、保証料、家賃の前払い分、鍵の交換費用などをあわせると、80万円近くしました。別途、引っ越し代金も8万円ほど。新しい部屋に合わせてカーテンや照明も買いました。
家賃や引っ越し料金は、元気で満ちたりた状態ならば、交渉したり、安いところが見つかるまで粘ったりもできるのでしょうが、わたしにはなんとなく「逃げている」という負い目があり、値引き交渉などして入居を断られたらどうしよう、というシングルマザーとしての弱みもあるため、かけひきをする余裕はとてもないのでした。
お金はやっぱり大切。誰と結婚や同居をするにしても、自分が自由に出せる口座に一定額をプールしておくのがベター。
地域により住宅事情は違うので「十分な金額はこれ」とはいえませんが、逃げる、新生活を始めるとなると、まとまった金額が必要です。いまはとても物価が上がっているので、例えば地方では数十万円、東京で子どもと暮らすなら100万円程度はないと安心できないかもしれません。でも、お金をためるって大変なことです。
一番おすすめなのは、結婚をしても(ある意味ではあたりまえなのですが)、結婚前から持っていた固有の財産は自分のものだという意識を持って、きちんと自分で管理をする、ということです。
わたしの場合には、夫からあれこれ説得されてもともと持っていた通帳やクレジットカードの大方を解約してしまっていましたし、毎月の給与もすべて夫に手渡ししていましたので、固有の財産がとてもわかりにくく、動かしにくくなってしまっていました。
DVから逃げたい、お金もないというときには、迷わず自治体の福祉課などに相談してください。「自治体名+女性相談(男性相談)」で検索です。行政には、住所の秘匿された避難用シェルターもあります。
婚姻中であっても、配偶者からの婚姻費用(生活費)支払の有無や金額によっては、生活保護を受給できます。
頼れるなら、実家に頼るのもよいことです。面倒でも、自治体、病院、警察、友人、親族、カウンセラーなど、いろんなところに相談をして、「あなたの状況を理解してくれている人」をなるべく多く確保してください。人に頼ることは恥ずかしいことではありません。
さて、なんとか今回、引っ越しを終えて、気持ちが落ち着くまで10日間ほどかかりました。前回、自宅を出たときはダンボール10箱だったのですが、知らず知らずのうちに本や洋服、子どもの「作品」などが増えていて、今回は38箱でした! ガムテープを貼って剥がす作業で筋肉痛になりました。
くたびれましたが、引っ越してよかった! と思うことが早速ありました。
子どもたちは何ヶ月も前からずっと「レゴがしたい」といっていたのですが、ワンルームマンションでは狭すぎて、とてもブロックなど広げられませんでした。それが新居では実現して、毎日とても楽しそうに遊んでいます。
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ひとりずつ学習机も置けたので、子どもそれぞれが自分のスペースも持てるようになりました。その姿を見ただけでも、ああよかった、と思います。
なんでもないことなのですが、誰にも怒鳴られない、叱られない、命令されない場所で、子どもたちが安心して自分のペースで過ごしているところを見ると、とても幸せな気持ちになります。
大人も子どもも、怒鳴られず、おびやかされない、自分だけのスペース(空間)とペース(時間)を確保することが大切。
さて、今回でこの連載は終わりになりますが、読んでくださったみなさんの生活が、どうか安心できるものでありますように、と願っています。わたしはまだまだ離婚調停は続いており、ときに疲労困憊するときもありますが、夫と自分とを切り離して、それぞれ別個の人間だと考えられるようになってきました。
初めて家を出たときには「こんなことをしてあの人は激昂するのでは」「GPSは全部捨ててきたつもりだけど、まだ見られているのでは」などとしじゅう怯えていたので、まったく世界が変わったように感じます。
また、これは偶然なのですが、昔からの知人で、どうもDVにあっているらしい人から相談を受けるようになりました。わたしから見ると、明らかに肉体的DV、精神的DV、社会的孤立にさらされていて、人格が変わってしまっているように見えます。2年前のわたしもこんな感じだったのではないか、と想像しながら、ときどきその人の話をゆっくりと聞いているところです。
1年前のわたしであれば、まだその人の話を受け入れるゆとりはなかったでしょう。人間は、若いときを過ぎても、変わっていける、回復していける、ということを実感しています。
ですから、もし読んでおられる方の中にいまとてもつらい状況にある人がいても、きっとあなたの話が伝わる相手がいると信じて(一度でめぐりあえるかどうかはわかりませんが)助けを求めて、いろんなところへぜひ「相談」してみてください。
必ずしも逃げたり別れたりすることがその人にとってのベストなゴールとは限りません。ただ、家族生活や社会生活の中で、誰しも常に遠慮したりビクビク、おどおどして生きる必要はないのです。無理やりギュッと押し込められてしわしわになってしまった心や感性や感情が、誰かに相談して、違う視点を自分の中に取り入れることで、のびのびとまた開かれていくことを願っています。
本連載は今回が最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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