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相談するって難しい【逃げる技術!第3回】合わなかったら「チェンジ!」も大事

夫の行動ひとつひとつに、プロがラベリングしていく

相談員さんは、夫がそれまで繰り返してきた数々の行動について、その意味や、その重たさ、悪質さを解説しながら、ノートに書き記してくれたのです。

「えっ、家の中ですれ違うたびにぶつかってよろけさせられる? それは立派な身体的DVですね」

「自分名義の銀行口座とクレジットカードを解約させられる? それって経済的DVですよ。ひどいですね。わたし、この仕事をしていてこれほど徹底した経済DVってちょっと聞いたことがないですよ……」

「えっ、外を歩きながら靴を蹴られる? それだって身体的DVですよ。大丈夫でした? いやいや、ケガしてないから平気とか、そういうことじゃないんです」

「えっ、お子さんの前で『ぶっ殺しだよ』なんていうんですか? それも毎日? あの、セイラさん。お子さんの前でそういうDV――はい、言葉だけでもDVなんですよ――を行うのは、面前DVといって、虐待の一種にあたるんです」

わたしは途中すこし涙が流れたりもしましたが、みじめではなく、また気持ちが高ぶるでもなく、心は静かでした。

1時間とすこし話したところで、相談員さんは

「あなたはそんなふうに扱われていいはずがありません。誰もそんなふうに扱われてはいけないんです」
「よくここまで生きてこられましたね。とっくに死んでいてもおかしくありませんよ」
「なるべく早く、夫さんから離れましょう」
と勧めてくれました。

Tips 10
DVには、身体的(肉体的)DV、精神的DV、経済的DV、社会的DV、性的DVなどの種類があります。15年前、20年前は見過ごされていた行為であっても、現代の規社会範に照らし合わせるとDVやハラスメントにあたるものもあります。
Tips 11
両親の間でのDVやモラハラ行為を子どもに見せるのは、それ自体が虐待であるとされています。これを「面前DV」といいます。

「旦那さん」でも「ご主人」でもなく、「夫さん」

ところでこの「夫さん」という呼称について、少し。

相談員さんに限らず、福祉課の人たちはわたしのことは名前呼び、夫のことは「夫さん」と呼びました。けっして「ご主人」「旦那さん」「パパ」「お父さん」などとは呼ばないのです。これは些細な、しかしとても重要なことだと思います。

第一子を出産した瞬間から、わたしは産院で、小児科で、乳児健診で、児童館で、園で、小学校で、つねに「ママ」「お母さん」と呼ばれてきました。最初の瞬間は自分の名前がどこか宙に消え失せてしまったことに驚いたのですが、すぐそのことにも慣れました。だって実際、動き回る赤ん坊や子どもを前にしてお互い忙しいのですし、悲しいくらいに「ママ」呼びというものは便利なのです。

ですから福祉課での呼ばれ方はとても新鮮でした。子を育てるための母という存在ではなく(もちろん「母たるわたし」も大事なのですが)、個人としてのわたしに向き合おうとしてくれている、と感じました。また夫についても、わたしよりも上位の「主人」や「旦那」ではなく、あくまでも単に配偶者なのだと、「夫さん」という呼び方で伝えてくれている、と思ったのです。

Tips 12
もしあなたがDVの相談を受けたら、呼称にも気をつけてみてください。
旦那さん、奥さん、パパ、ママ、主人、家内など、呼び方にはどうしても役割意識が染みこんでいます。「パートナー」「夫」「妻」「配偶者」などが比較的フラットです。
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新刊紹介

藤井セイラ

編集者、エッセイスト。2児の母。東京大学文学部卒業後、広告・出版を経てフリーに。子育てに関連する勉強が好きで、気がつけば、保育士、学芸員、幼保英検1級、絵本専門士、小学校英語指導者資格、日本語教師、ファイナンシャルプランナー2級など、さまざまな資格を取得。趣味はマンガとボードゲーム。苦手なものはお寿司。最近、映画館で観たのはプリキュア。

X(ツイッター) @cobta https://twitter.com/cobta

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