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いなくなった人は、いなくなったままではない。別の形でここにいる。【猫沢エミ×小林孝延・往復書簡12】

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 話は変わりますが、ゴールデンウィークにその息子が結婚式を挙げました。籍自体は去年すでに入れていたのですが、いい季節に式場を取るにはだいぶ待つ必要があるそうで、このタイミングになりました。式場は芥川賞・直木賞の授賞式でも知られる東京會舘。僕と薫がはちゃめちゃな結婚式だった(『つまぼく』に詳しく書いてます)のに対して、この格式高い正統派を選んだ息子の精神的な成熟っぷりよ。出版人としてはおのずと気が引き締まる厳かな空気の中、たくさんの人に祝福されながら、終始満面の笑みを見せていた息子夫婦を眺めていたら、なんだかもう泣けて、泣けて。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりました。じつを言うと前日までは特に感慨はなかったのです。「ま、自分が結婚するわけじゃないしね」てな感じで。それどころか事前の準備のときにはあまりに僕が無関心そうなので息子たちは「大丈夫かな?」と心配していたくらいでした。なので逆に彼らは僕の涙に面食らったようで「え? まじ? なんで泣いてるの?」って。
 その後、花婿の父として式の最後に親族を代表して「謝辞」を述べなければならないのに、もう言葉に詰まっちゃってね。でも、どうしても伝えたかったんです。君が生まれて、大切に育てられてきたこと。その思いを、薫の代わりにちゃんと届けなきゃと思って。それで、薫が息子のためにつけていた育児日記を読み上げました。
「トキちゃんは日に日に大きくなり、身長は60㎝、体重は2倍の4700gにまでなりました。目や鼻、口はほっぺの肉に埋もれ、とても愛嬌のある顔です〜」
 ボロ泣きでした。僕と薫が出会って結婚し、子供たちが生まれ、やがて薫が旅立ち、そして今度は息子が結婚する。ああ、命ってこうしてめぐっていくんだなと、しみじみ感じた一日でした。

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 猫沢さんが前の手紙で書いていた、会っていない時の他者は、「事実上、私の人生には存在していない(中略)実際に生きているんだけど、会っていない時の他者にとって、これは死んでいる=存在していない、こととどう違うのか?とも思うのです。」という感覚。あの言葉に、僕も深くうなずきました。
 僕のスマホも、たとえばFacebookは毎年12月29日になると「今日は小林薫さんの誕生日です。お祝いのメッセージを送りましょう」と通知してくるし、LINEのトークルームには南仏を旅行したときコテバスティッドの前で撮影した写真のアイコンがそのまま残っています。そしてiCloudのストレージには、彼女の撮った写真や音声、動画が13.5GB分、今もなお、彼女のために使われています。彼女の死を知らない人にとっては、あるいは、普段連絡を取り合っていない人にとっては、彼女は生きているのとなにも変わらず、今日もどこかに、静かに存在し続けているのですよね。死んだというより届いていないとでもいうか。そう、つまるところあの世は電波の圏外ってことですかね(乱暴なまとめ!)。
 僕の生活の中でも、薫の存在は、つねに「いる」わけではない。でも、ふとした瞬間に、彼女の気配が確かに立ち上がるときがあるのです。たとえば、まさに今、NHKの連ドラの再放送で『とと姉ちゃん』を見ているのですが、『花束を君に』が流れるたびに、あの頃、毎朝出勤前にふたりで朝ごはんを食べながらぼんやり眺めていた時間と空気がまるごと体を包み込んでくるのです。息子の結婚式で突然あふれてきた涙のように、それはどこからともなく訪れて、僕の体を通り抜けていく。そのたびに、なんというか、いなくなった人は、いなくなったままではない。ちゃんと、別のかたちで、まだここにいるのだなと、こんな鈍感なおじさんでも思ったりするんですよね。

 いやあ、しかし第10便でも書きましたけどほんと修業のような連載ですね。薫の死後、『つまぼく』を書いたときには向き合わなかった、向き合うことができなかった、「僕のこころのやらかい場所」に(夜空ノムコウ的な)自ら手を突っ込むような手紙の応酬。おかげで、もしかしたら猫沢さんと最初に出会った頃よりもちょっとだけ男らしくなったかも? そういえば先日我が家に配送に来た運送会社のお兄さんが「もしかして元自衛官ですか? ガタイもいいし」と言われてちょっとうれしかったことをお伝えしておきます。
 では、夜明けの東京からはこのあたりで。いつかまた真夜中のパリで乾杯する日を楽しみにしています。

 6月、梅雨の風の匂いがしている東京。AM5:00   小林孝延

追伸:夜明けの東京(2018年の6月撮影)。まだ人馴れしていなかった保護犬・福との散歩は、正直なところため息まじりの日々でした。でも、ようやく辿り着いたこの公園で、朝日を浴びると少しだけ元気が戻ってきたものです。この時間帯はまだ誰もいなくて、公園をひとりじめしたような気分になれました。しばらく足を運んでいませんでしたが、今度また行ってみようかな。

ご愛読ありがとうございました。本連載は、書き下ろしを加えて2025年11月頃に単行本化を予定しております。

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新刊紹介

猫沢エミ

ねこざわ・えみ
ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』『イオビエ』『猫沢家の一族』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

小林孝延

こばやし・たかのぶ
編集者。『天然生活』『ESSE』など女性誌の編集長を歴任後、出版社役員を経て2024年3月に独立。インスタグラムに投稿したなかなか人馴れしない保護犬福と闘病する妻そして家族との絆のストーリーが話題になり2023年10月にそれらの内容をまとめた書籍『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)を発表。連載「とーさんの保護犬日記」(朝日新聞SIPPO)、「犬と猫と僕(人間)の徒然なる日常」(福井新聞fu)。現在は元保護犬1+元野良猫4と暮らす。

Instagram:@takanobu_koba

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