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【中村憲剛×村井満対談 後編】「スポーツビジネス」ではなく、「ビジネスがスポーツ」な時代。「指導力」より「始動力」こそが求められている

「いつまでも僕の師匠でいてください」と中村さん。
「いつまでも僕の師匠でいてください」と中村さん。

「スポーツビジネス」ではなく、「ビジネスがスポーツ」な時代

村井 
サッカー界から離れて客観的に物ごとを見てきて、ひとつ確信に近いことがあるんですよ。私はビジネス界から入ってきたわけだけど、たとえばDAZNとの契約などを含めてスポーツをビジネスとしてどううまくやっていくか、つまりは「スポーツビジネス」という概念があった。
でも今はまったく逆で「ビジネスがスポーツ」なんだ、と。ルールを守って国際競争をしていくなかで、アメリカの(ドナルド・)トランプ大統領が関税のことでも発信した瞬間に、ルールが変わっちゃう。スポーツの世界はその場で考えて判断して行動していくけど、ビジネスの人たちはこれまで「ケーススタディ」「ナレッジ」「ノウハウ」「見える化」などと、要は誰かがやってきたことを一生懸命に教わってきたから、もし想定外のことがズドンと起こったらフリーズしてしまう。サッカーなんてフリーズしていたらプレーできない。

中村 
想定外だらけですし、そこでフリーズしてしまう選手は試合出れません。

村井 
サッカーから「ビジネスのみなさん、とんでもないことが起こったときは、選手たちはこう考えているんですよ」と発信できる時代にある。そこは憲剛にも協力してほしいし、我々バドミントンもそうだけどスポーツ界全体で自覚を持つべきだと思います。だから(ビジネスの)リーダーも、先が読めない、因果関係が見通せないときにどう行動を起こせるかがすごく大切な要素になってくると感じています。本にもインターネットにも、その答えが出ていないので。その意味で「指導力」ではなく「始動力」のある人が求められるんじゃないか、と。

中村 
始動力というのは?

村井 
まさに字のごとくで、スターターのようにエンジンを起動する役目。誰もやってなかったことを始めるとか、誰もやってなかったことに人を動かしていくとか、そういうタイプが世界中で求められている気がしています。

中村 
リーダーはもちろんですが、聞けば聞くほどリーダーだけに必要な要素じゃない気がしています。サッカーにおいては選手はみんな持っていたほうがいいですよね。そういう意味で、いま選手たちにどのように接していけばいいのか悩みがあって。僕自身選手たちにはピッチ上で問題が起きた時に、自分たちで改善する方向に持っていってほしいですし、その力を養ってほしいところもあります。なので、逆に自分がどこまで伝えるべきなのかと悩んでいます。引退直後は(いろいろと教えて)こうすべきだっていうのはあったんですけど、それはあくまで自分が30年近くサッカーをやってきて、うまくいったこといかなかったことをたくさんしてきたからこそ生まれたものであり、それをそのままこれからその多くの経験をするであろう選手たちに伝えて良いものなのかと考えると、伝えようと思っていたものがどんどん薄れていっているんです。例えばですが、「これ言っちゃうとこの子には良くないかな。でもそのままだと困るかもだから言った方がいいのかな」と。どのタイミングで何をどの角度でどのボリュームで伝えるべきか…。もう何周目ですかっていうくらいずっと悩んでいます(笑)。でも村井さんからヒントもらった気がします。選手たちのやる気を促す「始動者」という考えに立てばいいのかなって思いました。

村井 
悩んでいいと思うよ。これからの憲剛には本当に期待しています。サッカーにとどまらず、スポーツが持っている本当の価値を、日本のビジネスや日本の社会を還元する第一人者で在り続けてほしい。人が成長するということはこういうことなんだ、絆をつくるということはこういうことなんだって示せる人だから。好奇心、持続力、楽観的、柔軟性、冒険心、この5つの要素を持ち合わせている貴重な人材ですから、縮こまらないで伸び伸びとチャレンジしてもらいたい。フロンターレの監督もいいし、いずれは日本サッカー協会の会長だっていい。スポーツと社会を結びつけるその第一人者としてこれから頑張っていただけたらという思いですね。

中村 
チェアマン時代の村井さんを見て、リーダーというのはこう振る舞うんだなと思いました。「魚と組織は天日にさらすと日持ちが良くなる」と情報を迅速に、積極的にオープンにしていく「天日干し経営」の話をしていただいたこともありました。村井さんの言葉は、自分が目指す指導者像にも通じていますし、これからもいつまでも僕の「師匠」でいてください。本日はありがとうございました。

連載の最後は、師とあおぐ村井さんとの2ショットで。
連載の最後は、師とあおぐ村井さんとの2ショットで。

【ケンゴの一筆御礼】

川崎フロンターレが地域密着、社会貢献活動に力を入れていたこともあって僕がチェアマンの村井さんに「Jリーグの努力はちょっと甘いんじゃないですか」と言ってしまったことで、怒らせてしまったんじゃないかという思いがありました。でも逆に感謝を伝えてもらい、村井さんが旗振り役となって立ち上げた「シャレン! Jリーグ社会連携」によってJリーグの全クラブがより強く当事者意識を持つきっかけになったと思います。そもそもあの時に本当にムカつかれていたら、今もこんなに会ってくれないですよね(苦笑)。
村井さんの話はいつも興味深く、考えさせられるし、背中を押してくれます。本日も「始動力」という素晴らしいお言葉をいただきました。現場で選手たちと向き合っていくなか、心に刻みたいと思います。
さて「思考のパス交換」は今回をもって一度、区切りとなります。いろんなジャンルで活躍されている方との対談は、学びと刺激の連続でした。ご登場いただいた15人のゲストの方、そしてお付き合いいただいた読者のみなさんに深く感謝を申し上げたいと思います。またどこかでお会いしましょう!

記事が続きます

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中村憲剛

なかむら・けんご●1980年10月31日生まれ、東京都出身。中央大学卒。
2003年、川崎フロンターレに入団。20年の引退まで同チーム一筋のレジェンド。Jリーグベストイレブン8回。16年にはMVPも受賞。日本代表国際Aマッチ68試合出場6得点。10年南アフリカW杯、出場。最新刊『ラストパス』は現在4刷で話題。
公式ブログ■中村憲剛オフィシャルブログ
公式X@kengo19801031
公式インスタグラムkengo19801031

村井満

むらい・みつる/1959年8月2日生まれ、埼玉県出身。日本バドミントン協会会長、ONGAESHI HoldingsCEOなど実業家として活躍。5代目Jリーグチェアマン。
早稲田大法学部を卒業後、83年にリクルートに入社。
2000年、人事担当執行役員。04年~11年、リクルートエイブリック社長など歴任。08年にJリーグ理事、14年1月チェアマンに。著書に『天日干し経営: 元リクルートのサッカーど素人がJリーグを経営した』(東洋経済新報社)などがある。

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