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【中村憲剛×一力遼対談 前編】囲碁とサッカー、王者の思考の共通点は、俯瞰の目と“点より線”で長く見ていく重要さ

中村憲剛さんの対談連載、14人目となる今回のゲストは囲碁界の4冠棋士である一力遼さん。
国内では「棋聖」、「天元」、「本因坊」、そして「名人」のタイトルを持つ27歳の一力四冠は、発祥の地とされる中国で敬意を込めて「遼神(リャオシェン)」とも呼ばれています。昨年9月、4年に一度開催され「囲碁のオリンピック」と称される国際戦「応昌期杯世界プロ囲碁選手権」(応氏杯)を制した碁界の世界チャンピオン。
囲碁未経験の憲剛さんは、一力さんから簡単な手ほどきを受けて対局。その後、対談が始まりました。
(対局の模様は記事最後の動画でチェック!)

(取材・構成/二宮寿朗 撮影/熊谷貫)
対談前のウォーミングアップとして、囲碁初心者である中村さんに、なんと一力さんからわかりやすいレクチャーが!
対談前のウォーミングアップとして、囲碁初心者である中村さんに、なんと一力さんからわかりやすいレクチャーが!
真剣な表情で一力4冠の講義を聞く中村さん。「7×7」での対局の結果は記事ラストの動画でチェック!
真剣な表情で一力4冠の講義を聞く中村さん。「7×7」での対局の結果は記事ラストの動画でチェック!

記事が続きます

技術、戦術、フィジカルは大事な要素。でもメンタルを最上位にしていた

中村
7×7の盤面で分かりやすく手ほどきを受けて初めて囲碁を打たせていただきましたけど、いやあ、頭がとても疲れました(笑)。陣地の取り合いのなか、一手で流れが変わる。すごい緊張感がありました。

一力
憲剛さん、とても飲みこみが早いです。

中村
いやいや、実際にはこれを19×19の盤面でやるわけですよね。サッカーも奥深いとはいえ、ここまでになると……。サッカーは考える以上に無意識的に、ポンって(プレーの)発想が出る瞬間があるんですよ。勝手に体が反応するみたいな。一力さんにも、そういうことがあるのか聞いてみたいです。

一力
20年以上やってきているので、ある程度は無意識で打てる部分はあります。囲碁には、持ち時間といってそれぞれに考える時間が与えられますが、それを使い果たすと1手1分以内になり、短い時間で正確な決断を下さなければなりません。持ち時間が長い試合だと1人に8時間ずつ与えられて、1日では終わらないので2日かけて行ないます。対局は最長17、18時間になることもあって、時間配分も作戦のうちにはなりますね。

中村
早く打つことで相手にプレッシャーを掛けたり。

一力
はい。自分だけ、どんどん時間が減っていくと、プレッシャーになってくるとは思います。そのため、あえてそういう作戦を取ってくる棋士もいます。

中村
長い対局時間のなかで駆け引きがあるわけですね。

一力
私の場合、状況が悪くなると髪を触ってしまうなどクセが出がちで、そのことを結構周りからも指摘されていました。まだまだできていない部分もありますが、今は、良いときもそうでないときも、姿勢を正してやることを強く意識しています。

中村
サッカーは11対11ですから、一人ひとりの表情はそこまでフォーカスされません。でも僕は相手の顔を、いつも見ていました。

一力
相手の表情から何を読み取ろうとしていたんですか?

中村
感情です。それこそ相手が苛立っていそうだと感じたら、さらに苛立たせるようなプレーを選択するし、余裕がありそうだと感じたら、どうやったら焦りに持っていけるか。相手の狙いをひっくり返せるように、チームメイトにも伝えますね。先ほど一力さんの「クセが出る」という話がありましたけど、僕が対局相手だったらメチャクチャ、チャンスだって思っちゃいます(笑)。

一力
囲碁でも(対局中に)感情をすごく出す人もいます。昔は相手のそういったことも気になってしまうことがありました。

中村
自分も年齢を重ねて土台がある程度しっかりしていると、相手に意識を持っていかれることが少なくなるというか、あまり気にならなくなっていきました。気にしないことで自分のペースに持っていくマインドと言いますか。
僕も若いときは対戦相手の所作や、(自分のプレーに対する)周りの評価に、かなり敏感でした。経験を積んでくると段々と気にならなくなって自分のパフォーマンスが安定していきましたが、それは30歳を過ぎてからですかね。

一力
相手のことは自分ではコントロールできません。だからこそ自分でコントロールできる範囲をいろいろ改善していけたらいいかなという思いになりました。
憲剛さんはプレー中、やはり感情を出さないのですか?

中村
基本はポーカーフェイスでやるようにしていました。ゴールを奪えれば感情を爆発させますけど、プレー中はなるべく出さないように心掛けてました。理由はもちろん相手が見ているからです。でも、劣勢の時思わず感情が出てしまったことは何度もあります(苦笑)。

一力
2年くらい前からメンタルトレーニングを始めたんです。囲碁はアジア大会(2023年・杭州)で採用されるなど「マインドスポーツ」という扱いですし、そうなるとアスリート的なアプローチもいろいろと取り入れていきたい思いが膨らんできまして。目の前の結果に一喜一憂することが多かったのですが、メンタルトレーニングを始めてから割とそれがなくなったかなという体感はあります。

中村
対局中にクセが出なくなったり、相手のことが気にならなくなったりしたのも、メンタルトレーニングの効果だと思いますか?

一力
そう言えると思います。

中村
サッカーにおいて技術、戦術、フィジカルはもちろん大事な要素。でも僕のなかではメンタルを最上位に置いていました。メンタルが自分のなかに軸としてしっかりしていないと、技術、戦術、フィジカルを発揮できないと考えていましたから。僕は特別、メンタルトレーニングをやったことはないんですけど、40歳までプレーしたことも含めて「メンタルが強い」と言われるようになりました。

一力
やっぱりメンタルが大事なんですね。

「2年くらい前からメンタルトレーニングを始めた」という一力さん。
「2年くらい前からメンタルトレーニングを始めた」という一力さん。

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囲碁もサッカーも俯瞰の目が大切なことは共通している

中村
シンプルに伺いたいことがあります。一力さんは盤上のどこを見ているのですか? というのも僕はプレイ中は、ピッチを上から俯瞰して見る目線のイメージなんです。もちろん実際には平面なのですが、映像カメラの画角に近い感じというか。

一力
囲碁も盤面全体を見るというのが非常に大切なんです。「捨て石」と言って、ある部分を相手にわざと与えておいて、全体ではリードを奪う作戦があるんですね。あまりに局地戦にとらわれてしまうと、そこで多少得しても全体で見ると不利になってしまうこともありますから。俯瞰の目が大切というのは共通していると思います。

中村
俯瞰の目で見て、どこを取るかですよね。言葉にするなら俯瞰からの局所。全体のどの情報も有益なので僕の場合はなかなか捨てられなくて、そこでの取捨選択はすごく難しかったです。

一力
囲碁でも、こっちも気になるし、あっちも気になるみたいな展開はよく起こります。局所の戦いがすごく大事な意味を持つケースもあれば、盤面全体を広く使って戦いを起こさないほうが得になるケースもあります。周りの配置によって戦略は変わっていく感じになりますし、そこの判断力は、まだまだ向上させる余地があります。

中村
サッカーでは一番攻めたいところを後で攻めるために、敢えて違う場所にボールを持っていくこともあるんです。要は相手の目線を変えるために。

一力
わかります。囲碁においてもこっちで戦いが起こったときに、先に打っていたこの石が後々活躍してくるみたいなことがあります。井山裕太さんは視野が広くて、そういう戦い方が得意な印象はありますね。

中村
相手が分かってなくて、こちらの土俵に乗っかってくるか、分かっていて乗っかってくるかでは全然違うんですよね。だから僕の場合だと当時、中村俊輔さんや遠藤保仁さん、小笠原満男さんが相手のときは「あの人たちの土俵には乗らないぞ」と思ってプレーしていました。何かエサを撒かれているのがわかるんですよね。プレーメーカー同士、主導権はやっぱり握っておきたいので。

一力
囲碁だと実際の盤面にあらわれる変化って互いが読み合っている図のごく一部なんです。水面下では、お互いにいろんな図を検討して、それを捨てていく作業をずっと繰り返していて。その繰り返した結果が盤上にあらわれているようなイメージですね。

中村
相手の思惑ってそこで読み取れるものなんですか?

一力
読み取れるときもあれば、しばらく進んでからうまくやられてしまったなと気づくこともあります。

中村
対戦相手のことも相当研究されるわけですもんね。

一力
棋譜というデータがあるので、こういうふうに打ってきそうだから、自分はこうしようとかAIも使って調べながら準備をしていく感じです。

中村
データどおりじゃないことも?

一力
外れることのほうが多いです(笑)。だから動揺しないような心づもりではいます。基本的に研究してもせいぜい最初の20~30手ほど。19×19の盤面では終わるまで200手、長いと300手までになるので、研究しても必ずどこかで未知の展開にはなります。それでも2、3手で(予想が)外されると、昨日3時間(研究を)やったのにな……とか思うときはありますけど(笑)。

中村
若い時代は動揺することもあったんですか?

一力
20代前半まであったような気はします。今も外された瞬間、「ん?」とは思いますけど、切り替えられてはいます。

中村
顔にも、態度にも出さず、と。

一力
そうです。逆に相手がこちらをかなり研究してそうだなと感じるときは自分のほうから外したりもします。

中村
サッカーも同じです。僕も対戦するチームの直近2試合くらいは自分で観て分析していたし、僕らに対しては、(相手が守備的に)戦い方を変えてくることも多かった。こちらの事前準備がスカされるみたいなことも当然あって。とはいえサッカーは監督のスタイルが色濃く出るスポーツなので大枠は変わらないし、選手の個性も変わらない。つまり、そのチームの弱点もそこまで大きくは変わらないので、そこを突くというのは心掛けていましたね。

一力
何となくイメージできます(笑)。

中村
サッカーを見るのが好きだとうかがいました。

一力
地元が仙台なので、住んでいたころはベガルタ仙台の試合を何度も見に行きましたね。90分間あれだけ走って、プレーして。サッカー選手の消耗度はすごいんだろうなって思いながら。

中村
肉体的な疲労もそうですけど、頭の疲労もあるんですよ。先程少し囲碁をやらせてもらって感じましたけど、囲碁もとんでもなく疲れるんだろうなと。

記事が続きます

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新刊紹介

一力遼

いちりき・りょう/囲碁棋士。河北新報取締役。
1997年6月10日生まれ、宮城県仙台市出身。早稲田大学卒。
5歳で囲碁を始め、小5のとき囲碁を学ぶため上京。
2013年9月、16歳3カ月で第52期十段戦本戦入りなど多数の最年少記録を更新する。2024年9月「囲碁のオリンピック」とも称される国際大会「応昌期杯世界プロ囲碁選手権戦(応氏杯)」に出場し優勝。メジャーな国際大会での日本棋士の優勝は19年ぶりの快挙。
2025年4月現在、国内7大タイトルのうち、「棋聖」「名人」「天元」「本因坊」の4冠を保持している。

中村憲剛

なかむら・けんご●1980年10月31日生まれ、東京都出身。中央大学卒。
2003年、川崎フロンターレに入団。20年の引退まで同チーム一筋のレジェンド。Jリーグベストイレブン8回。16年にはMVPも受賞。日本代表国際Aマッチ68試合出場6得点。10年南アフリカW杯、出場。最新刊『ラストパス』は現在4刷で話題。
公式ブログ■中村憲剛オフィシャルブログ
公式X@kengo19801031
公式インスタグラムkengo19801031

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