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モデルの名前が失われても残るもの 第11回 カンヴァスをはさんで画家が対話する肖像

西洋絵画を鑑賞するとき、私たちはどこを見ているでしょうか。
全体の雰囲気、色使い、モチーフ……さまざまなアプローチがありますが、細部の意味や作品世界の背景を知れば、より深く絵画を味わうことができます。
古代ギリシャ・ローマ神話、キリスト教、聖母、聖書の物語世界、寓意、異端、魔女……画家が作中に散りばめたヒントに込められた意味とは。
小説執筆と並行して美術研究を重ねる、芥川賞作家の石沢麻依さんによる西洋絵画案内です。

第11回 カンヴァスをはさんで画家が対話する肖像

 冬のウィーンの街の中で、肖像画の女性に出会った。卵形の顔にしっかりと筋の通った鼻、ふっくら結ばれた唇、そして透明感のある茶色の眼。柔らかな毛皮の襟がついた深紅色のコートをまとうその人は、王宮庭園の常緑樹の木立からふいに姿を現したように見えた。樹木が化身したかのように歩いてくるその人は、ジョルジョーネの〈若い女性(ラウラ)の肖像〉(一五〇六年)から抜け出したような面立ちをしている。絵の中で月桂樹を背にしていることから、その植物にちなんだ名前で呼ばれる女性。こちらのしつけな視線を避けるかのように顔を背けた時、彼女は「ラウラ」の肖像画そのものとなった。
 肖像画に描かれた顔立ちを目にすることは珍しくない。当然モデル本人ではなく、よく似た別人にすぎないのだが、失われた顔は時間の回廊を通り抜け、思いがけず誰かの中にこだますることもあるのかもしれない。ゴヤの自画像によく似たフランス語の講師、美術史研究室にいた初期ネーデルラントの画家が描く女性。アルバイト先の塾で地理や歴史を教えていた同僚、彼の顔はメムリンクの男性肖像をそっくりなぞっていた。仙台で暮らしていた頃も、ドイツで過ごすようになってからも知り合いに、あるいは街の通りや駅舎、図書館、レストランで見かけた人の中に、古い肖像の顔立ちを見つけることがある。その時、頭の中でカタログのページがめくれ、時間の奥から覗く見知らぬ顔が重なり、奇妙な邂逅かいこうに薄甘い懐かしさを覚えたりもする。
 ジョルジョーネの描く深く暗い色調は、一月のウィーンの街にしっくりと溶け込んでいた。旅の間に訪れた街は白や灰色、きなりといった静かな石の色を帯び、底冷えする寒さに、通り過ぎる人たちの輪郭までもが寂しく曖昧になる。薄暗く曇るその午後、王宮庭園を「ラウラ」は通り抜け、オペルンリングの通りを横切ると、美術史美術館の方へ遠ざかってゆく。それを見ながら、今日は月曜日、と思い出す。美術館は休館日である。もしかしたら彼女はジョルジョーネの絵画から抜け出して、冬の街歩きを楽しんでいたのだろうか。そして、夜が完全に落ちる前に、深い黒をたたえた絵の内に戻るのかもしれない。

ジョルジョーネ 〈若い女性(ラウラ)の肖像〉1506年 オーストリア、ウィーン[美術史美術館]
ジョルジョーネ 〈若い女性(ラウラ)の肖像〉1506年 オーストリア、ウィーン[美術史美術館]

 肖像画は、流れる時間の中で移ろう人たちの姿を切り取り留めている。イタリア・ルネサンス以降、優れた君主や聖職者、政治家や軍人の功績の宣伝や、亡くなった人の記憶のよすがとして、肖像画は一つのジャンルを確立していった。描かれた人物があまりにも本人に生き写しであるために、観る者や動物が騙されるという逸話が、画家の見事な技量を示すものとして数多く残されている。写実性に優れた作品が生み出される一方、肖像画の中には、見立て肖像画もしくは扮装ふんそう肖像画と呼ばれる種類の作品がある。神話や聖書の人物の装いをし、あるいは場面内の登場人物に擬して描かれるものだが、そこには絵の中で演じる役を重ねることで、モデルと役の性質やイメージを結び付けて同一化しようとする目的がある。

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新刊紹介

石沢麻依

1980年、宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部で心理学を学び、同大学院文学研究科で西洋美術史を専攻、修士課程を修了。2017年からドイツのハイデルベルク大学の大学院の博士課程においてルネサンス美術を専攻している。
2021年「貝に続く場所にて」で第64回群像新人文学賞、第165回芥川賞を受賞。
著書に『貝に続く場所にて』『月の三相』がある。

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