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群ようこ「今日は、これをしました」

刺激を受ける曲を聴く

 私が子どもの頃、顔を見せない覆面歌手を売り物にした人がいた。女性できれいな着物を着ているのに、ゲッターズ飯田いいだがつけているようなタイプの、目が見える黒いアイマスクをつけて、歌謡曲を歌っている珍妙な姿をテレビで観た。その後、彼女はアイマスクを取り、ヒット曲も出したのだが、覆面歌手に何の意味があったのか、よくわからない。今、活動しているバンドでも、動物のマスクをかぶって活動している人たちもいる。見ていて楽しいし、本人たちが姿を見せないGReeeeNもそのなかに入るかもしれないが、彼らは間違いなく人として存在している。声楽家の人が、YOASOBIの曲を聴いて、あまりに音を正確にとらえているので、ボーカロイドかと思ったといっていたけれど、機械並みに音程をはずさないで歌える能力がある人が出てきたのも事実なのだ。 
 十年ほど前、初音はつねミクという名前を知り、それが、こういう表現をすると、ボーカロイドに詳しい人たちには違うと否定されるかもしれないが、人として存在しない歌手であると知ったときには、
「とうとうそんな時代が来たか」
 と感心するのと同時に、
「長く生きていると、いろいろと進化したものが見られる」
 とちょっと楽しかった。『千本桜』もとてもいい曲だ。間違いなく人として存在してはいたが、着物に黒アイマスクのずっこけ覆面歌手よりも、ボーカロイドのほうがもっと興味が持てる。
 私が知らないだけかもしれないが、特に低い声の人がボーカルを担当した曲は、ヒットチャートには入ってこないようだ。ボーカロイドを制作する人たちも、声質を低くするよりも、人間が出しにくい高音を重視して作ろうとしているのではないか。低い声は現代には合わず、高い声がなじむのかもしれない。今のヒット曲を出している、ボーカリストの声が高いのも、本人たちにきちんと声が出せる才能があり、歌もうまいから曲も売れるのだ。低音よりも高音のほうが人の気持ちにストレートに刺さるから、世の中が落ち着いているときは低音が、世の中が不安定なときは、刺激的な高音が流行るのかなあと、そんなことをつらつら考えた。どちらにせよ歌が歌えるのはすばらしい才能で、子どもの頃から声が低くて歌が下手な私には尊敬しかない。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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