よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」
物を減らす、無駄なことはしない、必要以上に買わない。
「しない。」生活のなかだからこそ、手に入れるもの、するべきことは
試行錯誤を繰り返し、日々吟味している群ようこ氏。
そんな著者の「しました、食べました、読みました、聴きました、着ました」
など、日常で「したこと」をめぐるエッセイです。


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料理本を読む

今日は、これをしました 第15回

 昔は料理下手をカバーしようと、興味のある料理本を手当たり次第に買い漁っていたが、ここ何年かは「名前のない料理でよし」と割り切って、御飯と具だくさんの汁物、煮物、蒸し物などで、日々の食事をのりきっている。
しかし人の手が作るものには何でも興味があるので、書店で面白そうな本があると、つい買ってしまう。以前は料理本を買うのと、それを再現しようとして、自爆するのとがセットになっていたが、自分なりの料理をすでに確立してしまった今は、料理本も読み物として楽しんでいる。
『ノスタルジア食堂』(イスクラ著 グラフィック社)は、副題のとおり「東欧旧社会主義国のレシピ63」が紹介されている。私は社会主義国は、三十年ほど前に仕事で中国にしか行ったことがなく、当初は中国の料理は日本でもなじみがあるので、安心していたが、都心部からずっと離れた地域で食べた料理はものすごかった。現在はそこは観光地化されて、アクティビティなどを楽しめるようになったようだが、私たちが行ったときは、何もなかった。見渡したところ、山と緑、小さな豚舎とんしゃひとつくらいで、当然、外部からも訪れる人がほとんどいないので土産物店などもなく、店といったら路地をはさんで、小さな食堂が八軒ほどあるだけだった。
 列車の時間があったため、混んでいる店を断念し、客の入りが悪い食堂に入ったら、見たこともない料理ばかりが出てきた。流通状況も悪く、食材を豊富に調達できる場所ではなさそうなので、地元の食材で作るしかなかったのだろうが、いちばん強烈だったのは、椿の葉の炒め物だった。子どもの頃、庭に椿の木があったが、まさかそれから何十年か経って、その葉っぱを炒めたものを食べるとは想像もしていなかった。
 椿の葉は触るとわかるが、肉厚で硬い。それをいくら炒めても、やっぱり硬いのだ。いくら噛んでも細かくならず、いつまでたっても口の中に残っている。粘らないガムのようだった。おまけに何の味つけもされておらず、炒め油の味さえもせず、ただ固い葉っぱを噛んでいるだけなので、口の中が不毛なのである。もしかしたら、ものすごくおいしいのかもと、想像していた私ががっかりしていると、同行した編集者が、
「こういうものはまずくても、スープは大丈夫だと思いますよ」
 とささやいた。次に運ばれてきた何だかよくわからない、裏庭に生えていそうな草が浮いているスープに期待したが、これもまた、料理が苦手な私が作ったとしても、もっとましだと思う味だった。とにかくただちょっとだけ色がついた湯に、青菜が浮いているといった代物だった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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