よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」

パズル「箱入り娘」に挑戦する

 しいの相手をする時間がまるまるなくなったので、余った時間をどうしようかと考えた。仕事をする時間を増やす気にはならないし、ずっと本を読み続けるのもなあと思いながら、しいの豚毛ブラシを入れていた引き出しを整理していたら、昔、買った木製のパズルが出てきた。地域によって同じ形態で様々な呼び方があるようだが、私が買ったのは『箱入り娘』という名前がついていた。
 これは長方形の木枠があり、そのなかに一家の名称が記された木製の駒が並んでいる。玄関と書かれたスペースがあり、そこから箱入り娘を出すしくみなのだが、この『娘』の駒のサイズが大きく、横幅が玄関と同じなのである。いちばん小さい一辺が二センチの正方形は『丁稚でっち』三個と『手代』の計四個。その二倍の横長の長方形が『番頭』。同じ大きさの縦型が『女中』二個(メーカーによっては、下男、下女という表記の場合もあるらしい)、それと『父』『母』。そして娘はいちばん大きい縦横四センチの正方形という体格の良さなのである。
 買った直後も、うまくできずにそのまま箱に蓋をして放置したままだった。時間があるので、久しぶりにこれをやってみようとしたが、相変わらず巨大な娘を玄関から出せない。玄関から出ていいのは娘だけで、冷静に盤面を眺めると、このちっこい丁稚三個と手代がいい仕事をしそうなのはわかるのだが、いくらやっても同じ駒が左右、上下に移動するだけで、娘が玄関に近づく気配がない。動かしているうちに横長の番頭、こいつが邪魔な存在なのもわかってきた。
「どうして娘がこんなにでかいのか」
 ぶつくさいいながら何度もやってみたものの、あともうちょっとのところで断念せざるをえなかった。
 もしかしてどこかに解くヒントがあるのではと、インターネットで検索してみたら、YouTubeに攻略動画があった。それを見たら何と一分もかからずに、娘を玄関から出している。しかもやっているのが子供なのである。
「こんなの無理。絶対に娘の大きさでは、この玄関は出られない」
 と思ってやっていたのに、すいすいと駒を動かしていくと、巨大な娘がするりと玄関から出られるのだった。
「はあ~」
 感心しながら見ていたが、もちろんその手順を覚えていられるわけもなく、相変わらず一からやるしかない。出られるのはわかったので、次はやるしかないのだが、いくらやっても途中でひっかかる。
「やっぱりあんたはでかすぎる」
 いくら娘に文句をいっても、玄関から出せるわけもなく、木の枠の中を虚しく駒が行ったり来たりするだけだった。
 私は子供の頃から、パズルの類が好きだった。いちばん好きだったのは、隣のお姉さんからプレゼントされた、スライドパズルだった。正方形のなかに、1から15までのナンバーが振ってある駒と、柄が描かれた駒がひとつ入っていて、その柄の一個を取って、1から15までの駒を正方形の中でスライドさせて順番どおりにするというものだった。これはずっと飽きずにやっていた。
 知恵の輪もあったけれど、私はこれは大嫌いで、簡単なものは力まかせにはずせるが、複雑なものは力だけでは簡単にははずせない。知恵の輪なのだから、知恵を使わないとだめなのだが、何度やってもできないので、腹を立てて玄関の三和土たたきに叩きつけて破壊しようとした。それを見た母親が、
「どうしてあんたはそんな性格なのか。弟を見てみなさい」
 と嘆いていた。弟のほうはずっと畳の上に座り続け、いつまでも知恵の輪をいじくって、複雑といわれるものでも何でもはずすような子供だった。のちにルービックキューブが流行ったときも、あっという間に六面を完成させて、それについては私はいちおうすごいと認めたが、彼が人間的に好人物かということとそれとは、明らかに別なのは、後年わかったことである。
 パズルにだんだん興味が湧いてきて、インターネットで調べてみたら、スライドパズルも知恵の輪も売られていた。両方とも何百円といった価格で、子供が遊べるようになっているのだろう。あちらこちらのパズルのサイトを見ているうちに、スライドパズルが欲しくなり、安さがうれしくて二、三個買ってみたのだが、なぜか『おしりたんてい』のパズルが混ざっていた。欲しいものは届いているので、面白がって見ていたものを、間違ってカートに入れてしまったらしい。九個の駒のうち、一個をはずして八個を動かすようになっていて、せっかくなのでやってみると、前期高齢者といってもさすがに子供よりはまだましなのか、すぐに完成させられるので、飽きてしまった。これはアルコールで丁寧に拭いて、バザーに出した。
 しかしおしりたんていは攻略できても、箱入り娘を攻略した子供には明らかに負けている。仕事に飽きると、箱入り娘を手にするのだが進展はない。動画を見ながらやれば、間違いなく娘は玄関から出せるのだけれど、それをやったら何の楽しみもないと自制している。しかし、正直いって今年中に、体格のいい娘を外出させることは、とてもできないような気がしているのだ。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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