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酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。

「言葉狩り」の獲物と狩人

言葉のあとさき 第19回

 たまに、ラジオに出演することがあります。それも生放送という時、私は、
「どうか失言しませんように」
 と、天に祈るのでした。
 もともと話すことが苦手なので、文章を書く道に来た私。口数が少ない上に、たまに口を開けば、つい思っていることをそのまま言って場を凍りつかせることも、若い頃はしばしばありました。
「どうやらこの世では、思ったことをそのまま言ってはいけないらしい」ということに気づいたのは、だいぶ年をとってからのこと。言いたいことを言う時は可能な限り婉曲な表現を使用し、えんきょく不可能な時は黙っているのが常識人だということがわかった時、私は既にいい年の大人になっていたのです。
 世では、「ありのままに」かつ「自分らしく」生きることが大切だとされていますが、私が「ありのままに」「自分らしく」発言などしてしまったら、ぜっに次ぐ舌禍となることは確実です。そんな事態を避けるべく性格に厚化粧を施してみても、塗った端から化粧が剥がれることも自覚している私にとってラジオの生放送は、ですからかなり危険なプレイなのでした。
 それがNHKである時は、さらに緊張を強いられます。その昔、NHKの番組において、山口百恵さんの「プレイバックpart 2」が歌われた時、「真紅なポルシェ」という歌詞が「真紅な車」に変えられたというエピソードは有名な話。そこで「NHKでは、商品名やブランド名を言ってはいけないらしい」ということがよく知られることとなりました。
 ではNHKの放送に出演する時、
「その手の単語は、言わないでくださいね」
 と事前に説明されるのかというと、そうではありません。おそらくは先方も「わざわざ言わなくても、わかって……ますよね?」ということで口にしないのでしょうし、こちらも「まあ、そういうことですよね」と、互いにそんたくし合っている。
 商品名を言ってはいけないといった決まりの他にも、NHKではそれなりの品位が求められることだろう、とさらなる忖度をすれば緊張は高まり、文章と違って修正の効かない生放送に身がすくむのでした。
 テレビやラジオを見聞きしていると、出演している人々はいかにも普段通りの会話をしているように聞こえるものです。もちろん元々が上品な善人なので、ありのままで話しても全く心配ない人もいましょうが、ほとんどの人は「ありのまま」ではないのではないか。すなわち、普段は黒いことも下品なことも話しているけれど、業務としての「喋り」では、その部分をきっちり抑えることができる人。
 それはまさに、喋りのプロの技です。プロだからこそ、放送コードぎりぎりのところまで歩み寄りつつも決して踏み超えることはせず、いかにも普段通りに話しているようにして笑いをとったり、それどころか好感度を高めたりすることができるのです。
 しかし昨今は、そんなプロの技を持っている人々も、困惑する様子が見られるのでした。放送において口にすると問題になる言葉や内容がここ数年でグッと増えてきて、新たな線引きをしなくてはならなくなってきたようなのです。
 放送で言うべきではない言葉といえば、差別的な言葉や卑猥な言葉等が思い浮かびます。特に、「差別的」とされる内容は昔と今とではかなり異なり、その範囲が広がってきているのです。
 差別とみなされる範囲が広がり、細分化されることによって、あるカテゴリーに他人を押し込めるような発言も避けるべき、という意識も広まってきました。たとえば、
「男のくせに泣くな」
 とか、
「女なんだから料理くらいできないと」 
 といったことを放送で言うことは、今ではご法度でしょう。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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