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酒井順子「言葉のあとさき」

「ウケ」たくて。

 しかし私的な場での差別ネタは、「ここだけの話」だからこそウケるのです。同好の士を集めて大声で言うことができない話をすれば背徳的な笑いが生まれるのであり、それは密造酒が美味しく感じられ、不倫が蜜の味であるのと同じこと。
 私的な場でウケた話を公的な場でもしてしまった時に、政治家は失言という落とし穴にはまります。さすがに国会でその手の話はできないにしても、会合でのスピーチ等、少しばかりカジュアルな場面でつい、「堅苦しくない話もできる自分」「皆が口に出せないようなないことも言える自分」をアピールすべく、本音ポロリトークを披露してしまう。
 森氏が「女は競争意識が強い」「女の話は長い」と言った時も、「この話はウケるに違いない」という気持ちがあったことでしょう。後に失言と判断されることになる話をしている時の政治家達は皆、「私は今、面白い話をしているんですけどね」という得意げな表情をしているのが常。
 森氏は、身内であるメンズクラブの仲間達からは笑いという「ウケ」を期待し、女性の聴き手には「女は、女だというだけで委員になっているのだから、女の委員は色物としての立場をわきまえて、発言を短く切り上げよ」との大物からのアドバイスを「受け」入れさせるべく、件の発言をしたのだと思われます。が、仲間達からの「ウケ」は得られたようですが、森氏のアドバイスを「受け」入れる人はいなかった。
 森氏ほどのベテランの政治家が、公私の別がつかないものだろうか。‥‥という疑問が、ここでは浮かびます。同時に、「もうお年だから、公の場で言っていいことと悪いことの判断がつかなくなってしまったのだろう」との思いも脳裏に浮かぶ。
 しかしここで、
「おじいさんだから、差別的なのだ」
 と言ってしまうと、それはエイジズム、すなわち年齢差別になります。森氏と同じ年頃であっても、差別意識を持っていない人はたくさんいるのであって、差別的な発言をする理由は、あくまで発言者個人の資質によるところ。
 森氏については、「もうお年だから云々」と、多くの人が語っていることでしょう。しかしそれは限られた場でコソコソ話すだけに留めておかなくてはならない差別発言であることを、大抵の人は理解しています。「女だから○○」「男って××」という発言についても同じであるからこそ、その手の発言は今、公の場では語られず、水面下に潜っているのです。
 森氏の発言に世間があんぐりしたのは、彼が持っている差別的な精神に対してだけではありません。「たとえ差別心を持っていたとしても、それを公の場では口にしないのが最低限のマナー」という認識を持っていない、ということにも、驚愕したのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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