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酒井順子「言葉のあとさき」

「卒業」からの卒業

 一方で鉄道の世界は、潔いものです。出版業界と同様、鉄道も一種の斜陽産業。地方のローカル線が廃線となるケースがしばしば見られますが、かの業界では「休止」と「廃止」は、きっちりと区別をつけている模様です。たとえば、台風等の災害で運転が休止されている路線がそのまま廃線となる場合がありますが、その時はいつまでも「休止」と言い続けて復興への希望を持たせるようなことはせず、ある時点で「廃止」を宣言して、きっちりとどめを刺すのでした。
 廃線や廃刊の「廃」にしても、絶版の「絶」にしても、終わりを示す言葉は、やはり厳しい響きを持つものです。人と人との関係にしても、「絶交」という強い言葉があるわけですが、その響きが厳しすぎるせいか、
「あなたとはもう絶交よ!」
 と宣言するケースは少ない。何も言わずにフェイドアウトして、絶交と口に出さずに絶交している。
 対して恋愛関係にある二人の場合は、交際を断とうとする時、何も言わずに静かにフェイドアウトというわけにはなかなかいきません。別れを宣言しておかないと、もう片方はずっと「付き合っている」と思い続けることになって、何かと面倒臭い。
 しかし交際しているカップルが別れる時も、別れを切り出す側はしばしば、曖昧な物言いになるものです。つまり、
「もう別れよう」
 とは言わずに、
「しばらく距離を置こう」
 とか、
「関係を見直そう」
 といった中途半端な言い方で、「別れたい」という意思を伝えようとするのです。
 それは、それまで付き合ってきた相手に対する最後の思いやりだったりするのですが、しかしその思いやりが、かえって残酷な結果をもたらしがちです。
 別れというのはたいてい、切り出される側からすると寝耳に水。となるとそちら側では、「しばらく距離を置こう」を文字通りの意味に捉えてしまい、
「ということはしばらく経ったらまた付き合うってことよね?」
などと思ってしまうのでした。
 「しばらく距離を置こう」とはすなわち、出版業界における「休刊」とか「品切れ中」と同様の言い方。復活する可能性は限りなくゼロに近いということを察してほしいという、ずるい言い方でもあるのです。
 和を重んじる我々は、このように何かを終わらせる時、「波風を立てたくない」「悪者になりたくない」「相手を傷つけたくない」と思ってしまいます。その結果、曖昧な言い方を連発し、かえって後味の悪い結末になりがちなのでした。
 その点、歴史に残る見事な別れ方をしたのは、元貴乃花親方です。現役力士だった頃、宮沢りえさんと婚約をしたものの、その後に婚約解消となったという事件は、当時は大きく報じられました。その時、婚約解消の理由を問われて、
「愛情がなくなりました」
 と貴乃花関が言ったことが、私は深く印象に残っています。有名人が別離の理由を説明する時、
「互いのすれ違いから次第に距離が生まれて」
 などと、曖昧な言葉で終始することが多いものですが、「愛情がなくなったから別れた」というのは、突っ込まれる隙のない見事な回答だった。
 「別れ」や「終わり」には、傷がつきもの。どうせ相手を傷つけるのであれば、じわじわとでなくスパッと真実を切り出した方が、傷の治りは早いし、切り出す側の保身感も漂いません。「相手への思いやり」と称して曖昧で聞こえの良い言葉を使用することは、最終的な理解と判断は相手に任せるという、責任放棄でもあります。しかしそれがわかっていてもストレートな物言いをどうしてもできないのが、我々なのです。
 就職活動における不採用通知のメールは「今後のご活躍をお祈り申し上げます」といった文章で締めくくられていることから「お祈りメール」と言われています。そこでも、「採用を見送る」とか「ご縁がなかった」といった言葉で、「当社はあなたを必要としていません」という結果が告げられるのでした。それは就活生を傷つけないための配慮であるわけですが、お祈りメールが度重なると、それが慇懃な言葉遣いであればあるほど、就活生の心の傷は深まることになる。
 「ご縁」もまた、出会いと別れのシーンにおいては、非常に便利に活用される言葉なのでした。「ご縁があった」「ご縁がなかった」と言われてしまえば、詳しい背景など一切説明されずとも、私達はその結果に納得せざるを得ません。日本人にとって「縁」とは、人為の結果ではなく、天の配剤ですから、「ご縁」を持ち出されると、反論のしようがないのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』など多数。

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