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Jの盛衰

 しかし平成も末期になってくると、事情が変化してきました。「Jなんとか」に飽きもきたのか、J化の流れが止まり、「日本」への回帰が見られるようになってきたではありませんか。

 平成は、もっと外国人に日本に来てもらおうという国のキャンペーンが功を奏し、訪日外国人数が急増した時代でした。経済がジリ貧で、「外国人は日本が大好き」「外国人に日本は格好いいと思われている」と信じることによって国の威信を回復しようという中で、もう「J」とかで中途半端に欧米っぽさを醸し出すよりも、堂々と「日本」のままでいた方がいいんじゃないの、というムードに。
「J」時代の終焉は、世界のムードが変化する時代とも重なっていたように思います。トランプ大統領のみならず、自国第一主義系の元首が世界各地で誕生する中で、日本人は「日本」に回帰してきました。そういえばラグビー日本代表チームの練習着の背面にも「日本」と漢字でプリントされており、それがまた格好よく見えたりもしたのです。
 Jリーグが発足した頃は、前述の通り、誰かがJリーガーと付き合っていると聞くと「イケてる」と思ったものでした。それから四半世紀以上が経ち、今や自分達の娘世代の女の子がJリーガーと付き合っていると聞くと、むしろ「大丈夫なの?」と心配になってくるように。「J」がついている分、その言葉は軽―く聞こえ、むしろ「プロサッカー選手」と言った方がいいのではないか、という気もしてきます。
 そういえば授業で会う小学生達も、
「Jリーガーになりたい」
 ではなく、
「サッカー選手になりたい」
 と言っていましたっけ。すでに彼等は、「もうJとかじゃないでしょ」ということを、知っているのでしょう。というより「Jリーガー」は、私の知らないうちに死語化していたのか‥‥?
 平成初期にはまぶしいようだった「J」という文字が放つ輝きが薄れつつある、今。「J」の命運は、一つの文字や言葉は時代の空気を変える力を持ち、またその言葉には寿命があることを、感じさせます。
 そんな中で私達の目の前に現れたのが、「令和」という見慣れぬ言葉でした。令和の時代にはどのような言葉が登場し、どのように世の中を変えていくのか。そしてかつての日本で、言葉はどのように生まれて、消えていったのか。言葉を巡るそぞろ歩きに、しばしお付き合いいただければと思います。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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