よみタイ

加門七海「着物憑き」
あの世とこの世のあわい。
幼いころからそれを感じ取る加門氏は、
ここ数年で、着物を身にまとう機会が増えた。
それは「夢中」を通り越し、まるでなにかに
「取り憑かれた」かのように……。
着物をめぐる、怪しく不思議なエッセイ。

足袋(三)

 着物とは無関係な話をしたが、この話からもおわかりのように、私は迷信や言い伝え、庶民信仰を大切に思っている。
 言葉にしろ物にしろ、古いものが形を留めて後代まで伝わるということは、動かし難く消し去りがたい何かがあるゆえだと考えるからだ。
 着物も同じだ。
 マイナーチェンジこそすれ、あの形が何百年も保たれているのも、皆がその形に大切な何かを見出しているからに相違ない。
 私はそれらに敬意を払う。
 古い物たちも、そんな私の気持ちを覚るのだろうか。
 私の周りには、物も着物も幽霊も、古いものが寄ってきがちだ。
 和服姿の幽霊の話は珍しくない。
 当たり前だが、明治以前、日本人はほぼ百パーセント着物を着ていた。だから古い怪談や、古い時代の幽霊たちは、当然、着物姿で出てくる。
 ただ、面白いことに、私は怪談の定番でもある白装束の幽霊を見たことがない。
 霊などを見る人の話を聞くと、人によって見え方が随分違う。
 例えば事故死者の霊ひとつとっても、ある人は血塗れの無残な姿を見ると言い、ある人は傷のない、ただ寂しげな影だと語る。
 白装束はまさに死装束だ。だから、それを霊として認識することは、棺桶に入った死者を感じ取っているということなのか。
 幽霊本人はどう思っているのだろう。
 霊は見せたい姿になって現れるとの説もある。
 ならば、死に装束で出てくる霊は、死者としての自覚があるのか。
 その辺りはどうもよくわからないのだが、ともかく私は白い着物を着た幽霊の姿を見たことはない。
 但し、思い返してみると、白足袋を履いた、人ならぬモノは時々見ている。というか、着物を着た霊を見て、その足元が気になったとき、必ず足袋は白いのだ。
 考えてみると、これも少しおかしい話だ。
 足袋と言っても、形や種類はいろいろある。
 一昔前までは、素足に下駄も当たり前だった。
 素足は主に東の好みだ。
 鏑木清方の『築地明石町』という美人画では、紋付の黒羽織を着た妙齢の女性が、素足に下駄で描かれている。
 紋付にも素足というのは恐れ入るが、『築地明石町』の着物は小紋。下駄は畳表に赤い鼻緒の「のめり」なので、普段着に羽織を引っかけた姿として描かれているのかもしれない。
 着物が真実、日常着であった頃、素足は珍しくなかったのだ。
 同じく普段着の場合、寒い時期には臙脂えんじ色や緑など、色付きの別珍の足袋も用いられていた。
 もう少し詳しく記すなら、同じ足袋でも、関東と関西では形も好みも異なっている。
 東は細身の足袋を好む。そして、足袋の底は足の裏より、ひと回り小さく作られる。
 皺ひとつなく履くのが良いとされるためだ。
 小さい足袋をきれいに履くには、まず足先をきっちり入れて、底をぐっと引っ張るようにして踵を入れる。
 これがなかなかの難物で、時間が掛かるし、細かいところにもしっかり力を入れねばならない。気を抜くとすぐ、皺が寄る。
 以前はうまく足袋が履けずに、母に随分叱られた。それでもコツが掴めない私に母は呆れて、遂に、化繊のストレッチ足袋を買ってきた。
 それほど、東の人間は足袋の皺を嫌うのだ。
 幸い、今はうまくなったが、それでも収まるまでは、かなりきつい。力も要る。この力仕事に耐えるため、東の足袋の縫製は頑丈に作られている。
 そんな足に履く下駄や草履は、踵が一寸ほど出る小さなものだ。その鼻緒を突っかけて、東京の人は前重心でちゃっちゃと歩いた。
 西の足袋は、足をふっくらと包むのが良いとされている。
 なので、底が大きく、履くのも楽だ。そして履物は踵を出さない。鼻緒も東より長い。
 そこにきちんと足を入れ、なるべく踵が浮かないよう、摺り足で歩くのを良しとする。
 もっと言うなら、小鉤こはぜの数も東西では好みが違う。
 全国的な平均は四枚小鉤だが、西のこだわり派は五枚を好む。着物と足袋の間から、肌が見えるのを嫌がるためだ。
 一方、東は四枚より三枚小鉤が粋だとされた。実際、見たことはないが、二枚小鉤を好む人もいるという。
 東は敢えて肌を見せるのだ。なぜなら、そこから覗くくるぶし、素足の場合は踵と足先、それらの手入れが行き届き、磨き抜かれていることが、美しく粋であるとされたからだ。
 男子の足袋にも色々ある。
 特に気にするのは色だ。
 元来、職人と商人は白足袋を履かず、主に紺足袋を履いていた。
 白足袋を嫌う理由はもちろん、汚れが目立ちやすいからだ。
 その感覚は、今でも伝統的な仕事に就いている人の間に残っている。
 先日、襖の張替えをお願いした経師屋さんが、雑談中にこう言った。
「私もそろそろ六十になるので、宴席などでは白足袋を履いてもいいんじゃないかと思っているんですよ」
 聞いて、正直驚いた。
 いまだにそういう感覚が残っているとは、思っていなかったからだ。
 彼のこだわりは職人ならではのものだろう。
 そう。
 翻って言うならば、男子の白足袋は労働から離れた旦那衆たちのもの。そして女性の白足袋もまた、礼服、晴れ着を着た人々や、深窓のご令嬢のものなのだ。

 長広舌になったが、ここまで記せば、私がなぜ白足袋の幽霊を不審に思うか、わかっていただけると思う。
 極端な場合、皺ひとつない東風の足袋だけが、階段を上がるのを見たこともあるのだ。
 もっとも、かつて見たほとんどの白足袋は、視界の隅をサッと過るだけだった。記憶に残るのはむしろ、その人の立ち姿や着物の柄だ。
 足袋の記憶のほとんどは、後から「そういえば」と思う程度だ。
 だから、見間違いかもしれない。
 幽霊を見るのに見間違いもなかろうと思うけど、現代における一般的な和装として、私の心理が足元に白足袋を求めているのかもしれない。
 しかし。
 ひとつだけ、忘れられない体験がある。(つづく)

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加門七海

かもん・ななみ●東京都生まれ。多摩美術大学院修了。学芸員として美術館に勤務。1992年『人丸調伏令』で小説家デビュー。日本古来の呪術・風水・民俗学などに造詣が深く、小説やエッセイなどさまざまな分野で活躍している。ひとり百物語を特技とするほど、豊富な心霊体験を持つ。また、オカルト・ルポルタージュでも注目を集めている。著書にエッセイ『うわさの神仏』『うわさの人物』『猫怪々』『お祓い日和 その作法と実践』『鍛える聖地』『大江戸魔方陣』『もののけ物語』『たてもの怪談』、小説に『祝山』『目嚢』など多数。

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