よみタイ

加門七海「着物憑き」
あの世とこの世のあわい。
幼いころからそれを感じ取る加門氏は、
ここ数年で、着物を身にまとう機会が増えた。
それは「夢中」を通り越し、まるでなにかに
「取り憑かれた」かのように……。
着物をめぐる、怪しく不思議なエッセイ。

帯留め(五)

 店は、その年の暮れに畳まれた。
 鮎の帯留は、手元にある。
 店主ははっきり勝珉と言ったが、私に真贋はわからない。
 調べたところ、現存している海野勝珉の作品は大物ばかりだ。しかも、その作品のほとんどは、実用から離れた芸術品だ。
 廃刀令が出る前は、刀装具を扱う職人だったという話だが、そんな彼が女性のための装飾品など作るだろうか。
 彫られている銘が本物かどうかも、生憎あいにく、確認できない。
(鑑定に出すのも、馬鹿らしいしな)
 まあ、見飽きないほどの魅力を持つのは確かなのだから、真贋はどうでもいいだろう。
 私はこの鮎が大好きだ。
 ただ、いまだに首を傾げるのは、あのとき憑いた男の正体だ。
 勝珉ではないと思う。
 あの男は私同様、作品に惚れ込んでいた。
 店主の父でもないだろう。男は目の前の老人を一顧だにしなかったから。
 結局、これもわからない。
 しかし、あの男のひと言で、鮎が手元に来たのだから、ここは素直に感謝しよう。
 いやいや、感謝していいのかどうか……。
 これがきっかけで、私は着物の深い沼にまってしまった。
 常々、私は品物に用途があるならば、目的に沿って使ってあげるべきだと考え、実践している。
 初めから観賞用ならともかくも、鏡なら、たとえ銅鏡でも鏡として使う。アンティークランプなら灯をともす。
 そうやって物とつきあってきた私にとって、帯留は帯留として用いるしかない。リスペクトしているからこそ、鮎は帯の上で泳がせるべきと考えるのだ。
 だから、
(着るしかない)
 私は決意した。
(鮎に相応ふさわしい着物を探し、相応しく着物を着こなさなければ)
 以来、私はいつも心の隅に帯留を置き、隙あらば、着物にお金をつぎ込んでいる。
 その時間と金の大きいことは、あのとき、私に憑いた男に土下座をして欲しいくらいだ。
 しかし、鮎の帯留はまだつけられない。
 この決意が本物ならば、出合うであろう着物も出てこない。
 もしかすると、この顛末は何十年と溜め込んだ着物に対する執着が、帯留をきっかけに噴き出してきただけかもしれない。
 ならば、あの男こそ、私の執着に取り憑かれ、引き込まれた犠牲者なのではないか……。
 自省するのには、理由がある。
 夢中になればなるほどに、私の着物周りには、様々な怪しい気配が立ちのぼってきたからだ。

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加門七海

かもん・ななみ●東京都生まれ。多摩美術大学大学院修了。学芸員として美術館に勤務。1992年『人丸調伏令』で小説家デビュー。日本古来の呪術・風水・民俗学などに造詣が深く、小説やエッセイなど様々な分野で活躍している。また、豊富な心霊体験を持つ。
著書にエッセイ『うわさの神仏』『うわさの人物』『猫怪々』『お祓い日和 その作法と実践』『お咒い日和 その解説と実際』『鍛える聖地』『大江戸魔方陣』『もののけ物語』『たてもの怪談』、小説に『祝山』『目囊』『203号室』など多数。

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