よみタイ

帯留め(二)

あの世とこの世のあわい。 幼いころからそれを感じ取る加門氏は、 ここ数年で、着物を身にまとう機会が増えた。 それは「夢中」を通り越し、まるでなにかに 「取り憑かれた」かのように……。 着物をめぐる、怪しく不思議なエッセイ。

 最近、他人の着物や着付けに口を出してくる人を「着物警察」と呼ぶと聞く。九割九分が年配女性という話だが、彼女たちは場所柄に合わないとか組み合わせがおかしいとか、または、帯が変だ、着付けが下手だと口や手を出してくるのだという。
 そういう人種を「着物警察」と呼ぶならば、私にとっての母は「着物特高」だ。
 何をどうやっても、クレームがつく。
 着付けを教えると言いながら、はだじゅばんから始まって、紐の結び方、えりの合せ方、何から何まで細かく物言いをつけて怒り、苛立ち、最後には自分で私に着付け始める。合間に手を出そうものなら、ものすごい勢いで怒られる。
 着付けを覚えるどころではない。
 母にしごかれ、罵倒され……私は着物を諦めてしまった。
 まあ、当然の結果だろう。
 悪い教育の典型例だが、あつらえてくれた着物のほとんどは晴れ着に等しいものだったため、着る機会も滅多にない。機会があるときは、母の手がある。大体、どんなに欲しくても、着物を買うお金がないのだ。
(だから、もういい)
 思い切ってから数十年、私は着せてもらう以外、和服には袖を通さなかった。
 但し、愛着断ちがたく、着物周りの文物や着物が日常着だった時代の文化には、人より敏感に反応した。
 かつえたゆえの貪欲さは、結果として日本の歴史や文化への興味と知識になったので、悪いことではなかった。が、それでも、着物は着なかった。
 ――それが覆ったのが数年前。
 確か、五月の夕暮れ近くだ。
 私は古い下町の道を、用足しついでに歩いていた。
 子供の頃から知っている場所だが、並ぶ店舗のほとんどは往事とは入れ替わっている。
 馴染みだった文具屋はなくなり、老舗の下駄屋も廃業し、呉服屋から転身した洋品店には客の姿を見たことがない。
 昭和から続くこういう個人商店は、今、ほとんど後継者がいない。経営者が年を取り、店を開けるのがおっくうになれば、そのまま廃業してしまう。
 とはいえ、シャッター街となるほどに、東京の地価は安くない。跡はコインパーキングになったり、小ぶりなマンションになったりと、思い出を偲ぶ暇もなく、通りの表情は変わっていく。
 活気はない。
 しかし、老いた猫が日向ひなたぼっこをしているような長閑のどかさがある。
 私は歩を緩めて、のんびり歩いた。
 やがて、街灯が点き始める頃、古い時計屋が視界に入った。
 入ったことこそなかったが、子供の頃から見知った店だ。
 この手の店は「時計店」の看板を上げつつ、貴金属も一緒に扱っている。
 今でこそ、安価な品も売られているが、戦後から暫くの間、時計――特に腕時計は、ダイヤの指輪と並んでもおかしくない高級品だったのだ。
 その名残で、店には今でも宝飾品と時計とが同じウィンドウに入っている。以前は、結構、質の良いアクセサリー類が並んでいたはずだ。
(今はどうなっているんだろう)
 私は通りすがりに視線を向けた。
 ――何やら黒い。
 ウィンドウに並んでいたのは、透明感のある宝石やメタリックな時計の輝きではなく、小さな黒い物体だったのだ。
 私は店に近づいた。そして、
「しぶいち……」
 思わず、呟いていた。
 四分一とは銀と銅の合金で、いろがねと呼ばれるもののひとつだ。
 名の由来は、銀の比率が四分の一であることからきている。
 遠目には黒とも見えるぎんかいしょくは、江戸の人々に好まれて、たばこれの前金具や根付け、刀装具の小柄こづかこうがい、大きな物では壺や茶道具にもなった。
 特に幕末から明治期に掛けては名工が多く輩出されて、超絶技巧とも謳われる緻密で精緻な工芸品は、現在も国内外で高い評価を受けている。
 ガラス越しに見る四分一は、決して逸品揃いというわけではなかった。
 しかし、現代のものに比べると、格段に小さく、細工は細かく、逆にモチーフと意匠はとことん地味だ。
 たとえば、長さ二センチほどの重なりあった二枚貝の縁に、きらりときんぞうがんが光っている。
 遠目で見れば、何がなにやらわからない。なのに、少し近づけば、あさでもはまぐりでもなく、確かにしじみだとわかる。
 ウィンドウには、そんなものが数十個、ずらりと並んでいたのだ。
 私は更に顔を近づけた。
 ほとんどの品物の裏には、紐を通す金具がついている。
(帯留か。……となると、明治以降。大きさからすると、下っても昭和半ばかな)
 着物好きが空回りしたため、こういう半端な知識はある。
 帯留自体は江戸時代からあったらしいが、帯留専用ともいえるさん紐が出たのは明治以降だ。
 しかし、現代物にしては小さすぎる。
 明治時代以前から、大振りの帯留は存在したが、ここまで小さく地味で、しかも精緻な細工物は、時代が古いか、古い時代の工芸品を帯留に直したかのどちらかだ。
 着物は着ない。
 だから、帯留は必要ない。
 しかし、通り過ぎることもできない。
 額を擦りつけるようにして、私は帯留を凝視し続けた。(つづく)

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新刊紹介

加門七海

かもん・ななみ●東京都生まれ。多摩美術大学大学院修了。学芸員として美術館に勤務。1992年『人丸調伏令』で小説家デビュー。日本古来の呪術・風水・民俗学などに造詣が深く、小説やエッセイなど様々な分野で活躍している。また、豊富な心霊体験を持つ。
著書にエッセイ『うわさの神仏』『うわさの人物』『猫怪々』『お祓い日和 その作法と実践』『お咒い日和 その解説と実際』『鍛える聖地』『大江戸魔方陣』『もののけ物語』『たてもの怪談』、小説に『祝山』『目囊』『203号室』など多数。

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