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おうちカレーは手抜き料理? 昭和の食卓にあった「父の特権」とは

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 昭和のお父さんはなぜカレーライスを嫌がったのか。その理由には諸説あります。ひとつは、昔のお父さんはたくさんの品数が並ぶ和食の献立を好んでおり、そういうものを嫁に用意させることが男の甲斐性だった、という話です。つまり「小料理屋」みたいな晩ごはんということですね。それで晩酌をキメるのが人生のいったんのゴールってことです。
 過去の話とはいえ書いててドキドキしますが、かつてはお父さんつまり家長には、おかずが一品余分に加わるものだったなんて話も聞いたことがあります。お父さんにだけお刺身が用意されるなんていう、今だったら炎上どころでは済まない慣習も当たり前だったとか。
 しかしこれは昭和の時代においてもさすがに前時代的でした。なのでもうひとつの説をご紹介します。それは、当時は洋食屋さんが花盛りであり、都会ならカレー専門店も次々にできて、働く男たちはそういう店でプロが作るカレーを散々食べていたから、というものです。
 そういうカレーは単にプロならではの技術が生かされていたというだけでなく、働く男たちの好みに最適化されていたのではないかと思います。辛味も塩気も強く、じゃがいもやにんじんといったまだるっこしい野菜も入っておらず、さらさらっと粋に短時間で掻き込む黒っぽいカレー。その後ゆっくり煙草を燻らせながらコーヒーを啜り、また午後からの戦場のような仕事に戻る。それこそが「男のカレー」だったのかもしれません。
 それとは対照的に家庭のカレーライスは、バーモントカレーの大バズりをきっかけに、どんどん子ども向けになる流れにありました。そんなお子ちゃまカレーなんて食ってられっか……みたいなのが、昭和の男の美学ないしは本音だったのではないでしょうか。
 僕はこちらの説を支持します。というのも、僕の父親もどうやらまさにそんな感じだったからです。父親と二人で外出する時、僕は度々カレー専門店に連れて行かれました。確かカレーライスは嫌いなはずだったのに、と首を傾げましたが、そういうところで食べるカレーライスは、家のそれとも給食のそれとも全然違いました。そして正直なところ、僕はそっちの方がずっと好きになりました。
 家のカレーライスに、父親が生卵を落とし、ウスターソースをざぶざぶかけて食べていたことがありました。そんな食べ方をどこで憶えてきたのかはわかりませんが、これは完全に大阪式ですね。ちょっと気持ち悪いとも思いつつ、僕も真似をしました。おいしくてびっくりしました。卵のコクが加わりつつ野菜のゴロゴロ感が薄まり、全体が少しさらっとなったところにウスターソースのパンチも加わり、どこか専門店のカレーに近付いた印象もあったのです。
 しかし母親はそれを露骨に嫌がりました。まあそれはそうでしょう。せっかく手をかけて作ったカレーの味が、原型を留めないほど魔改造されてしまうのがこのアレンジです。なので父親は、その技をその時限りで封印しました。

 そんなこんなで僕は、大人になって以降は、にんじんじゃがいもゴロゴロの家庭的なカレーを、むしろ避けるように生きてきました。ところが面白いもので、最近になって時々、無性にそういうカレーが食べたくもなります。一言で言うならば「原点回帰」といったところでしょうか。肉じゃがかカレーかが天国と地獄だった頃の、ままならないからこその熱い想いのようなものも蘇る気がします。
 最近は、レトルトカレーが固形ルーの人気を上回りつつあるとも聞きます。家族がそれぞれ好みのレトルトカレーを選んで別々のものを食べることもあるのだとか。もちろんそれは極めて合理的ですし、誰もが特に我慢も妥協もせずに、好みのカレーライスを食べられるということでもあります。まあ別に家族で同じものを食べることで絆がどうこう、みたいな話がしたいわけでもありませんが、明確な原点みたいなものは、無いよりはあった方がいいんじゃないかなあ、なんてことは少し思います。
 レトルトカレー派のご家庭も、やっぱり時々はじゃがいもゴロゴロの「お家カレー」を、みんなで仲良く食べようではありませんか!

次回は10/23(金)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人/飲食店プロデュ―サー/「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。
SNSで情報を発信し、レシピ本、エッセイ、小説、新書と多岐にわたる執筆活動で知られる。
レシピ本『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『ミニマル料理』シリーズ、エッセイ『おいしいもので できている』『食いしん坊のお悩み相談』『異国の味』『東西の味』、小説『キッチンが呼んでる!』、新書『お客さん物語』『料理人という仕事』『食の本 ある料理人の読書録』など著書多数。

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