2026.10.9
おうちカレーは手抜き料理? 昭和の食卓にあった「父の特権」とは
本当の「おいしさ」はどこにあるのか——?
『異国の味』『東西の味』に続く、稲田俊輔による「味3部作」連載、第3弾!
「煮込み料理」編2回目は、家庭料理の不動の人気メニュー「カレーライス」について。
カレーライス 〜おうちカレー文化の来し方行く末とは〜
子どもは基本的に家でご飯を食べます。長じて進学や就職を機に家を出れば、気ままに外食したり、好きなものを作って食べたりという自由も得ることになります。しかしそれまでは、日々何を食べることになるかは、自分ではない誰か——その家で家事を担う者に決定権が委ねられます。うちの場合は、当時の多くの家庭がそうであったように、母親がその役割を担っていました。
そうなると畢竟、その日に母親が何を作ろうとしているのか、何を食べさせようとしているのかは、子どもにとって大問題です。こと、成長期と言われるような中学生くらいの時期、つまり食べても食べても一日中腹が減っているような状態に突入すると、毎日それが気になって仕方がありません。
夕方一応自室で勉強(するフリだけでも)していると、台所から料理をしている匂いが漂ってきます。それにより大体、今日は魚だな、肉だな、とか、今日は洋食だな、中華だな、みたいなおおよその察しも付きます。そんな中、僕にとっては、ひときわ緊張感の高まる匂いがありました。それが「玉ねぎとにんじんとじゃがいもと肉を炒める匂い」です。この匂いがしてきたら、その先は運命の分かれ道。醤油の匂いがしてきたら、その日はしょんぼりでした。なぜならそれは肉じゃがに決まっているからです。その特徴は肉じゃがしかないのよ。前回も書きましたが、僕はかつて肉じゃがが苦手でした。
醤油ではなくローレルの香りがしてきたら、とりあえず安心です。なぜならそれは少なくとも肉じゃがではなく、洋食系の何かであることは確定だからです。そのまま特に匂いの変化がなければ、クリームシチューです。もっとこう、ネットリ香ばしい匂いが加わってきたらビーフシチュー。もちろんそれらもなかなか嬉しいわけですが、これを遥かに凌駕する喜びの匂いがありました。もうおわかりですね。カレーです。
嬉しいことに、そのパターンの場合、最終的にカレーに着地することが最も頻繁でした。しかしだからといって初期段階で「今日はきっとカレーに違いないぞ!」とぬか喜びしてはいけません。そうじゃなかった場合——特に肉じゃがだった場合の落差が激しすぎるからです。むしろ「は〜、どうせ肉じゃがなんだろうな、まあいいか、食べられないほど嫌いってわけでもないし」と、あえて期待値を下げておくのがコツです。さすれば、それが肉じゃがではなくカレーだと判明した時、喜びは何倍にもなるからです。

記事が続きます
そんなカレーに対する絶対的な信仰は、何も僕だけが特殊だったとは思えません。「子どもが喜ぶメニューランキング」的なものは昔からよくありましたが、カレーライスは、ハンバーグやオムライスなどと共に常にトップランク。時代によっては不動の一位でもありました。最近はから揚げや餃子の台頭もあって、不動の一位とまでは行かないようですが、トップランクであることは変わりません。
そしてカレーは、どちらかというと、女子より男子に特に人気が高かったようにも思います。男子という生き物は概ね、中身はそのままにナリばかりがでかくなって一応大人になるわけですが、そうなってもやはりカレーを食べ続けます。その一部はスパイスからカレーを作るタイプの男になって周りに疎まれたり、勢い余ってたいして儲かりもしないカレー屋さんをうっかり始めてしまったりもします。僕です。この人生に決して悔いはありませんが。
しかし昭和の時代の大人の男たちは、どうも少し様子が違っていたようです。これはある年代以上の方でないともうひとつピンとこないかもしれないのですが、昭和の家庭においては「お父さんはカレーライスを嫌がる」というのは定説でした。もちろん例外的なお父さんもいたかもしれませんが、残業や出張などで「今日はお父さんがいないから晩ご飯はカレーライスにしましょう」というお母さんの意思決定は、決して珍しいものではなかったのです。
記事が続きます
![[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント](https://yomitai.jp/wp-content/themes/yomitai/common/images/content-social-title.png?v2)
















