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『人のセックスを笑うな』を早送り視聴してはいけない理由とは?――「四角」関係を「視覚」化する映画の魔法

ショット・サイズの意味

 ロング・ショットというのは、カメラと被写体の距離が比較的遠いショットのことで、フレームの枠内に被写体の全身がすっぽり収まっているようなショットを指す。ニー・ショットは文字通り、人物の膝から上を捉えたショットのことである。ショットのサイズには意味があることが多い。そこに注目すると、より深く映画を楽しめるようになる。

『人のセックスを笑うな』はロング・ショットを多用している。なかにはカメラと被写体の距離が極端に離れたものもある。たとえば、トラックの荷台に乗せたユリとみるめが別れる場面のショットがわかりやすい【図5】。このようなショットは「エクストリーム・ロング・ショット(超ロング・ショット)」と呼ばれる。このとき、みるめはユリに何かを手渡している。だが、小さすぎて何を渡しているのかよく見えない。セリフと音を聞いていればサンダルのようなものであることはわかる(映画冒頭のシーンで、ユリは靴擦れのためにヒールを脱いで歩いていた)。

【図5】
【図5】

 一度目の登場時によく見えなかったものは、再登場したときにその姿を明らかにするものである。ユリと親しくなったみるめはやがて彼女と関係を持つようになる。ユリのアトリエを訪れた際、彼女は冒頭のシーンでみるめからもらったサンダルを履いて登場する【図6】。サンダルの再登場によって、喫煙所では覚えていない風を装っていたユリが、実はみるめのことをしっかり記憶していたことが明かされるのである。

【図6】
【図6】

 同様のことが先ほどのライターにも言える。美術学校の喫煙所でみるめがユリからライターを受け取ったことはわかるが、それがどのような形状のものかはよく見えていない。このライターは、映画のラストに再登場し、その姿を明らかにする。

 今回は深入りしないが、ロング・ショットは「長回し(ロング・テイク)」と呼ばれる技法と相性がよく、この映画も長回しによって全体のゆったりとしたムードが規定されている。長回しとは持続時間の長いショット、つまり次のショットに切り替わるまで(編集が入るまで)の時間が長いショットのことを指す。

 一般的な映画が数秒から長くても十数秒程度の短いショットを積み重ねていくことでストーリーを進めていくのに対して、ひとつのショットに数十秒から数分の時間をかけるのが長回しである。作品によっては十分以上の長回しが見られることもあるし、丸々一本の映画をひとつのショットだけで成立させている例もある。『人のセックスを笑うな』にはそこまで極端に長いショットは存在しないものの、ときに数分に及ぶような長めのショットがいくつもある。

「ゆったりしている」というのは、「ダラダラと間延びして退屈である」ことと紙一重である。じっさいにこの映画の感想には後者のような意見も散見される。映画やドラマの早送り視聴が浸透しつつある昨今の状況を鑑みれば、そのように考える人はますます増えていくだろう。

 しかし、親密な関係にある男女が過ごすプライベートな時間を描くにあたって、長回しを多用する『人のセックスを笑うな』のアプローチはかなりうまくいっていると思う。

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伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。

Twitter @hitoh21

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