2022.7.13
岩井俊二『Love Letter』のヒロインが一人二役である理由 ――あるいは「そっくり」であることの甘美な残酷さ
もう一人のヒロイン「樹」のその後にも「そっくり」な仕掛けが
映画の後半は、小樽の藤井樹が手紙に綴る中学時代の「藤井樹」との思い出が中心である。その思い出が回想シーンとして展開されていく(中学時代の二人の「樹」を演じているのは酒井美紀と柏原崇)。同姓同名の二人はなんと三年間同じクラスになり、級友からひやかしを受け続ける。彼女によれば「あんまりいい思い出とは言えないものばかり」で、そこに恋愛感情など入り込む余地はなかったと言う。
その後も、手紙を通してさまざまなエピソードが伝えられるが、映画の結末を考えるうえで特に重要なのは二人が図書委員だったことと、英語の答案用紙が誤って返却されたことの二つだろう。
樹(男子)は図書委員の仕事をサボって誰も借りないような本ばかりを借り、貸出カードに自分の名前「藤井樹」を書き込んでは遊んでいる。
あるとき、図書室の受付で仕事をしている樹(女子)は、窓際に立って本を読んでいる樹(男子)をふと見やる【図4】。すると、かたわらのカーテンが彼の姿を隠してしまい、一瞬その姿が消えたように錯覚する【図5、6】。もちろん、人間が突然消えるわけはなく、続くショットでは再びカーテン越しに彼の姿があらわれる。なんということはないシーンだが、後ほど確認するように、ちょっとした伏線として機能している。
間違えられた英語の答案用紙は、それなりの苦労をともないつつ無事に樹(女子)の手元に戻ってくる。その答案用紙の「裏」には下着姿の女性のイラストが落書きされている【図7】。これもまたささやかな伏線のひとつである。
そっくり同じ名前を持つ二人の「藤井樹」はしばしば間違えられる(樹[男子]が交通事故にあった際にもそれは起こった)。博子もまた同じ間違いを犯して最初の手紙を出したのだった。
しかし、最終的にはそっくりであることがそのまま「ラブレター」の中身となる。どういうことだろうか。
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