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岩井俊二『Love Letter』のヒロインが一人二役である理由 ――あるいは「そっくり」であることの甘美な残酷さ

「そっくり」であることが明かす、残酷な真実

拝啓、藤井いつき様。

お元気ですか?
私は元気です。

渡辺博子

 本作のヒロインである渡辺博子(中山美穂)は、元婚約者の三回忌に出席したおり、彼の実家に立ち寄って母親から卒業アルバムを見せてもらう。アルバムに記載された彼のかつての住所をメモした博子は、その住所に手紙を出す。
 死者に向かって「お元気ですか?」もないものだが、届かないはずのこの手紙はなぜか「藤井樹」に届いてしまう。しかも、あろうことか「ちょっと風邪気味です」という返事までくる。
 実は、婚約者には中学時代に同姓同名のクラスメートがおり、博子がメモした住所はそのクラスメートのものだったのである。このもう一人の藤井樹(中山美穂の一人二役)との奇妙な文通を軸に映画前半の物語が進んでいく。
 博子は亡くなった婚約者から手紙の返事がきたと信じたがっていたが、現在の恋人の(ような関係にある)秋葉(豊川悦司)の介入によってことの真相が明らかとなってしまう。それでもなお、二人はもう一人の藤井樹に会うべく、小樽を訪れる。
 二人は藤井樹の実家までやってくるが、ちょうど彼女は病院に行っており、すれ違ってしまう。博子は門前で彼女宛の手紙をしたため、それを郵便受けに入れると、直接会うことなく小樽を去ることにする。
 おそらくはその翌日、ホテルの前でトランクに荷物を積み込んでいる博子と秋葉のすぐ近くを自転車に乗った藤井樹が通りかかる。藤井樹は、前日の手紙への返信をポストに投函するためにやってきたのである。その後ろ姿を目にした博子は、思わず「藤井さん」と声をかける。一人二役ゆえの緊張感が生まれるシーンである(ピントをぼかして手前の人物の顔がわからないようにしている)【図1】。

【図1】
【図1】

 自分の名前を呼ぶ声が耳に届いたのか、藤井樹は自転車を止めて振り返る。博子と藤井樹を捉えたショットが交互に提示され、二人の視線が合ったかのような印象を与える【図2、3】。振り返った藤井樹は博子に気づくことなく、あたりを見回してそのまま走り去ってしまう。
 視線が合ったように見えたのは、「切り返し」と呼ばれる映画編集の技術(魔術)による錯覚だったのである。呼びかけと応答のすれ違いは、手紙のやり取りの比喩としても読めるだろう。このような「呼びかけに応答し損なう」状況は、のちに明らかとなるように、実は藤井樹の人生において何度か起こっていることだった。

【図2】
【図2】
【図3】
【図3】

 いずれにせよ、少なくとも声をかけた側の博子は藤井樹の顔を目にしているはずである。そして、その顔が自分にそっくりであることを認識したはずだ。
 神戸に戻ってきた博子は、再び婚約者の実家を訪れて卒業アルバムを見せてもらう。そして同姓同名の藤井樹を見つけると、その写真を彼の母親(加賀まりこ)に示し「あたしに、似てますか?」と問いかける。
 これはきわめて残酷な問いである。事態をよく飲み込めない母親は「似てるとどうなるの?」と素朴に尋ね返すが、博子は涙目になりながら「似てたら……許せないです」と答える。婚約者の藤井樹は博子にひと目惚れしたと言っていたようだし、これに先立つシーンの秋葉の言葉によれば、藤井樹は初対面の博子に対していきなり交際を申し込んだという。
 「ひと目惚れにはひと目惚れのわけがあるんですね。騙されましたあたし」と博子が言うように、藤井樹は博子の顔に、同姓同名の中学時代のクラスメートの影を見てとっていたことになるだろう。誰かとそっくりであること、そうであるがゆえに好意を寄せられること。そこに博子自身が介在する余地はない。交際しているあいだに博子自身の魅力を知っていっただろうし、そうでなければ婚約までたどりつかないだろうが、だからといって博子の受けたショックが打ち消されるわけではない。
 やがて博子は秋葉とともに婚約者が亡くなった山を訪れ、その山に向かって「お元気ですかぁっ!」と何度も叫ぶ。もちろん、婚約者から返事はない。その代わり自分の声がやまびことして返ってくるだけである。
 秋葉は「博子ちゃんは俺がもろーたでーッ!」と叫んで、自分で「ええよー!」とやまびこを装って返事をする。おそらく、博子はこの儀式によって婚約者のことを思い切り、秋葉と結ばれることになるだろう。

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伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。

Twitter @hitoh21

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