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猫沢エミ「猫沢家の一族」

そっくりすぎる二人でも、相手にあって父になかった決定的なもの 第4回 サン=テグジュペリと父、星の王子さまとハゲの王子さまの邂逅(かいこう)

父がヅラであることを知ったのは

 父がヅラであることを私が初めて知ったのは、小学校低学年頃だっただろうか。ある日、両親に連れられて、福島県の郡山市に車で向かった。私の実家のある白河市からは約1時間の、県内でいちばん栄えている街が郡山だった。いつものように買い物とか遊園地とか目的が知らされていない遠出の行き先を母に尋ねると、指差した看板にあったのは

《 ア デ ○ ン ス 》

 の文字だった。洒落者で新し物好きだった父は、若い頃からの悩みである薄毛を、最新式のヅラで隠すというア・ラ・モードな行為で、自尊心を満たすことに成功した。田舎の小さな町で最新式ヅラを試している人はまだごくわずかで、その存在の周知すら限られていた時期、すでに父は実家の財力に物を言わせて、夏・冬それぞれメインとスペア、合計4つのヅラを手に入れていた。ヅラを所有するには、お金がかかる。当時の私の記憶では、1ヅラあたり50万円ほどだった。じゃあ、1ヅラ買えばいいのかといえばそうじゃない。夏・冬それぞれ1つずつメインヅラを所有しなくてはいけないし、人毛で作られた繊細なヅラは定期的なメンテナンスが必要だから、メンテナンス期間中にかぶるためのサブも必要になってくる。この日は、メンテナンスに出していたメインヅラの引き取りに来た父に付き合っての遠出だったのだ。母は言った。「お父さんはカツラなの。若い時から絶倫だったから、仕方ないのよね」この時の私が “ぜつりん”という言葉を理解していたのかは不明だが。

 こうして私へのカミングアウトは聖地・アデ○ンスで行われたが、弟たちはそれとなく生活の中で知ったようで、下の弟ムーチョが小学生の時、宿題で書いた「おとうさんのこと」という作文には、こうあった。

『(前文省略)おとうさんはかつらをかぶっています。
ぼくがおとうさんだったらつかれるよ。』

 学校の宿題という公の場で、実の息子にあっさりカミングアウトされてしまった父。

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

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