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猫沢エミ「猫沢家の一族」

そっくりすぎる二人でも、相手にあって父になかった決定的なもの 第4回 サン=テグジュペリと父、星の王子さまとハゲの王子さまの邂逅(かいこう)

見てしまったのだ、彼の後頭部を

 って、ものすごく前置きが長くなってしまったんだけど、先日、パリでサン=テグジュペリと星の王子さまの展覧会があり、私はいつもとはちょっと違う心持ちで会場へ向かった。というのも、今年はロシアによるウクライナ侵攻の影響もあって航空券が非常に高く、とてもじゃないがお盆の時期に日本へ帰ることは叶いそうにもない。それでなんとなく、この展覧会を観ることで父の墓参りの代わりにしてしまえという気持ちがあった。それと、移住の記念すべき年に、これまでフランスでは未公開だったモルガンライブラリー&ミュージアム所蔵品を含む600点もの作品と資料が観られる大規模な展覧会がタイミングよく開かれた、というだけですでに逃れられない猫沢家との因縁を感じざるをえなかった。

 入口をくぐると途端に出迎える、サンテックス(とマニアは彼を、こう愛称で呼ぶ)の大パネルがドーン! そこで思わず手を合わせて、ものの10秒で墓参りは終了。しかし、あまり長い時間は直視できないほど、やはり父はサンテックスに似ているのだ。2002年にユーロ通貨が導入される以前、フランスの通貨はフランだった。そのうちの50フラン紙幣には、サンテックスと星の王子さまの世界が描かれ、世界で最も美しい紙幣のひとつとうたわれていた。私がそれを初めて見た時「父が札に!」と叫んだ。それで、フランスから50フラン紙幣を持ち帰り、父にプレゼントすると「俺がフランスで札に!」と、本人も叫んだ。そこには明らかに少し若い頃の父が描かれており、“世界には誰しも似た人が三人いる”というまことしやかな都市伝説を信じるのに十分だったのである。

 それ以外にも、サンテックスの歴史を辿ると父とよく似た共通点を見出せる。貴族家系のあかしである、苗字に“de=ドゥ”がついていることからもわかる通り、彼の略歴には「リヨンの伯爵の子として誕生」などとあるが、実際には過去に爵位を持っていた家系の出というだけで、サンテックスの代にはすでに没落していたようだ。父も、かつては繊維業で儲けた一族のお坊ちゃまで、お手伝いさんに靴下を穿かせてもらう小さな暴君だったが、晩年は借金塗れの没落富裕層だった。サンテックスは飛行機に恋してパイロットになる夢を叶えた。かたや船に恋した父の夢は造船設計者だったが、長男として家業の呉服店を継ぐために、致し方なく大学の商業科へ進学した。人生において、やりたいことを選択できなかった無念が、のちの父をゆがめていくのかを検証するのはまた別の機会にするとしても、サンテックスは素晴らしい人間性に裏打ちされた名著を残し、世界中の人々に今も愛されているのに対して、父は貧相な人間性に裏打ちされた数々の珍事を残し、関わった多くの人々に今もうとまれているところはまったくの正反対。それともうひとつ、決定的に違う点がある。それは、サンテックスの頭には毛があり、父には毛がないことだ。展覧会を巡っている間、心の隅の方で“あ、やっぱり毛がある。サンテックス、ハゲてな〜い”と呟いている自分に、もうひとりの自分が“チクショウ! 父のせいで、崇高な星の王子さま展の観覧視点に、ハゲチェックなどという不純物が混じってしまう”と憤慨しているという、なんとも分裂気味な心持ちであった。

 ところが、私は見てしまったのだ。サンテックスが愛妻コンスエロと夏のヴァカンスを過ごしている動画に写っていた彼の後頭部がずるっパゲなのを。

 “大切なことは目には見えないんだよ”

 この名言って毛のことだったんだ……いや、違う。ゼッタイ。一瞬気が遠くなり、王子さまが暮らす小惑星 B 612の彼方まで飛ばされて、それからすごいスピードで正気に戻って考えた。世にされているサンテックスの写真は若い頃のものが多い。44歳の若さで亡くなる晩年ならばハゲていてもなんの不思議もない。そもそもフランス人は日本人ほどハゲを気にしないし、むしろ男性ホルモンの強さの象徴としてセクシーとすら言われている。知的で勇敢でロマンチストだったサンテックスは、もちろんハゲなど気にしていなかっただろうし、むしろ女性にモテたと思う。それとは対照的に日本人の父は、長くハゲにあらがってきた。その結果、彼はヅラという人生の同志を得た。星の王子さまがキツネという同志を得たように。

イラスト:北村 人
イラスト:北村 人
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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

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