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まるでアニメの異世界に迷い込んだかのよう?緑の壁がそそり立つ、樽前山の「苔の回廊」【山の名&珍プレイス 第4回】

登山といえば、目的地はやはり山頂? いや、山頂以外にも目指すべきおもしろい場所はたくさんあるのです! それは、怪奇現象が起きる不思議な場所だったり、ユニークな逸話がある名所だったり、見たこともない大木や不思議な形をした巨岩だったり……。
本連載では、アウトドア雑誌や山登りの指南本、TV番組や各種イベント出演でもおなじみの山岳ライター・高橋庄太郎が、豊富な山経験をもとに、自分の足でわざわざ見に行く価値がある、こだわりの山の名スポット・珍スポットを紹介していきます。

山中の人工物といえば、それは山小屋だったり、道標だったり、登山道だったりと、どれも人間が苦労して作り上げたものばかりです。一方で、ただ長い間踏まれ続けてきたために、いつしか自然に登山道となった区間もあれば、一見では人工的で不自然に感じるのに、じつは天然そのものというルートもあって……。今回紹介するのは、札幌に近い北海道の山にある、左右の岩壁が色鮮やかなグリーンの苔に覆われた、じつに美しいルート。湖のほとりから長々と続き、最後には異形の溶岩ドームにたどり着くという、まるでアニメかおとぎ話に出てきそうな幽玄的な道のりです。

バナー・本文写真/著者提供

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噴煙をたなびかせる日本二百名山、樽前山たるまえさんの山麓に……

 この場所を“プレイス”などという言葉で紹介していいのか、よくわからない。プレイスという「点」やある程度の面積を持つ「区域」ではなく、あまりにも細い「線」でしかないからである。

それは北海道の樽前山に存在する、通称「苔の回廊」だ。そのルートの左右の岩壁は美しい緑の苔でうっすらと覆われており、日本ではほとんど見られない幻想的な風景。まるで三面張りの用水路から水を抜いたかのような、もしかしたら人工的に作ったのではないかと思わされるルートが数キロも続いている。すべての区間で苔が美しいわけではないが、地形はとてもおもしろく、楽しい時間が過ごせる場所だ。

両側の岩壁が緑の苔で覆われた「苔の回廊」。足先から頭まで苔に包まれて歩いているような気分に浸れる
両側の岩壁が緑の苔で覆われた「苔の回廊」。足先から頭まで苔に包まれて歩いているような気分に浸れる

 一部では「ジブリの世界」「もののけ姫の世界」などとも言われているらしい。個人的にはそういう言葉は陳腐過ぎて、しっくりとこなかったりするのだが。ともあれ、ここがとんでもなく幻想的で、とんでもなく美しいルートであることは間違いない。

 ただ悔しいのは、地形が窪んでいて光がうまく回らないこともあって、その美しさの神髄を写真では記録しがたいことだ。SNSなどではフィルターをかけたり、加工して彩度を上げたりした苔の回廊の写真がよく見られる。たんに盛りたいだけかもしれないが、そうでもしないと自分の目で見た美しさを他の人に伝えられないからかもしれない。なお、ここで使っている画像に関しては、加工は一切していない。

 さて、なにも知らない人が見れば、苔の回廊は水の流れ道だと思ってもおかしくはない。だが、大雨が降ればある程度は流れるのかもしれないが、実際には地面に水が流れた様子はほとんど見られない。苔の回廊があるのは水はけがいい火山地帯で、降った雨はすばやく地面に浸透してしまうからだろう。

水ではなく、火砕流が生み出した地形のくぼみ

 しかし水ではないとは言え、ここはたしかに「何かが流れた跡」なのである。

 それは樽前山が1739年に噴火した際に発生した火砕流だ。つまり苔の回廊は、火砕流が地面を焼けつくしながら爆発的に流れて作り出した地面のくぼみで、現在はグリーンの苔がその岩肌を装い、1本のラインが山肌を切り開いている。ちょうど人が歩くのに適した幅があり、地面には草すら生えず、整地したように平らだ。それなのに、これはやはり人間ではなく、300年ほど前に発生した火砕流が作り出した天然のルート。少しくらいは人の手が入っている可能性もあるが、あくまでも苔の回廊を生み出したのは火砕流なのであった。

 それにしても、この苔の回廊は、樽前山のどこにあるのか? そもそも樽前山自体はどこにあるのか?

登山道から眺めた樽前山の溶岩ドーム。夏は噴煙が目立たないが、気温が低い時期は真っ白な煙がよく見える
登山道から眺めた樽前山の溶岩ドーム。夏は噴煙が目立たないが、気温が低い時期は真っ白な煙がよく見える

 樽前山は札幌にも近い支笏湖しこつこの南側にそびえている日本二百名山のひとつだ。つねに噴煙を上げている堂々たる活火山で、もっとも標高が高い中央の溶岩ドーム付近は危険すぎて立ち入り禁止。そしてその溶岩ドームを取り巻くように外輪山が囲み、その一角のいちばん高い場所が実質的な山頂扱いになっている。

支笏湖越しの樽前山(左奥)。手前の尖った山は<ruby>風不死岳<rt>ふっぷしだけ</rt></ruby>。これらの山の間の谷のひとつが、苔の回廊だ
支笏湖越しの樽前山(左奥)。手前の尖った山は風不死岳ふっぷしだけ。これらの山の間の谷のひとつが、苔の回廊だ

 苔の回廊はその山腹にあり、入口は支笏湖のすぐ近く。標識のようなものはとくになく、下調べなしで行くのは困難だ。じつはこの苔の回廊、歩く人はそれなりにいてピンク色のテープで目印もつけられてはいるが、一般的な登山道ではないのである。

苔の回廊は、樽前山だけではなく、不風死岳と組み合わせて歩いてもいい(地図の参照元:YAMAP <a href="https://yamap.com/maps/306/" rel="noopener" target="_blank">YAMAPの当該箇所はこちら</a>)
苔の回廊は、樽前山だけではなく、不風死岳と組み合わせて歩いてもいい(地図の参照元:YAMAP YAMAPの当該箇所はこちら

 YAMAPの地図で言えば、湖から山頂へ向かって延びる2本の登山道の中間部が苔の回廊だ。登山道でもない場所になぜかピンクやブルーのマークが線状に並んでいる場所が見受けられるが、そこがまさに苔の回廊の位置というわけである。なお、先ほどから苔の回廊のことを「ルート」と書き、「登山道」とはしていないのは、地図アプリのデータからも抜け落ちていることからわかるように“一般登山道”ではないからだ。

 樽前山と隣の風不死岳の間には数本の沢があり、そのなかのひとつが楓沢と呼ばれている。じつは、この楓沢こそが苔の回廊の正体だ。ただし、沢といっても枯れていて、先ほど説明したように水は流れていない。

駐車スペースから支笏湖沿いの国道を歩き、その途中から楓沢に下りると、そこが苔の回廊への入口だ。茂っていて見えないが、支笏湖は右側の至近距離にある
駐車スペースから支笏湖沿いの国道を歩き、その途中から楓沢に下りると、そこが苔の回廊への入口だ。茂っていて見えないが、支笏湖は右側の至近距離にある
国道から楓沢に下りて、さほど歩いていない場所の様子。まるで古びて草木に覆われつつある林道のようだが、ここはあくまでも沢のなか。もっと開けている場所も多く、クルマで走れそうなほど広い
国道から楓沢に下りて、さほど歩いていない場所の様子。まるで古びて草木に覆われつつある林道のようだが、ここはあくまでも沢のなか。もっと開けている場所も多く、クルマで走れそうなほど広い

 苔の回廊がある楓沢は一般登山道ではないものの、さほど難しいわけではない。道迷いの心配はいくらかあるが、スマートフォンのGPS機能を使えば、登山の経験がいくらかでもある人には大きな問題はないだろう。むしろヒグマの出没に注意したほうがいい。

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高橋庄太郎

たかはし・しょうたろう
山岳/アウトドアライター。1970年宮城県仙台市生まれ。高校の山岳部で山歩きを始め、出版社勤務後の2年間の無職時代には国内外のアウトドア旅へ。その後フリーランスのライターとなり、ウェブメディアや雑誌を中心に執筆活動を続けている。近年はイベントやテレビへの出演も多く、アウトドアギアのプロデュースも手掛けている。著書に『テント泊登山の基本テクニック』(山と渓谷社)、『トレッキング実践学』(ADDIX)、共著に『“無人地帯”の遊び方』(グラフィック社)など多数。

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