よみタイ

小野一光「限界風俗嬢」

「普通の女子大生」に戻っても――語りたくない過去、折れそうな心のバランス

語りたくない過去を抱えて

「たとえば今後、大学教授になってからでもいいんだけど、自分の経験や体験を人に話そうとかって思う?」
「うーん、近しい人には話すかもしれません。それこそ大学教授になったとして、ゼミ生にだったらまあ、言えるかもしれません。あとたとえば、自分が親になったときに、自分に娘ができたとしたら、言うかもしれません」
「あくまでも限定した相手だ」
「パブリックに話すなら、話したいって気持ちもありますけど、まだまだそういった、私のやってきたお仕事っていうのは、あんまり好印象に受け取られないと思うので。だから、それを大きな声で言うのは、いまの社会においては違うかなって。そういったお仕事に偏見がなくなったら、言えると思うんですけど」

 そこでアヤメが“経験”について、風俗での仕事に限定して答えていることに気付き、軌道を修正する。

「いや、お仕事の話だけじゃなくて、過去のことについても……」
「あ、過去の。うーん、どうでしょうね。過去の方がより言えないかもしれない。言う人は限定されると思いますね。いまみたいに」
「言えないというのは、さっき話してたみたいな、社会的な状況を鑑みて? それとも個人的に?」
「それは完全に個人的な感情ですね。社会的にいえば、ある意味被害者だから、声に出した方がいいって言われると思うんですけど、ただ、それで自分が救われるかっていったら、蓋をしておきたい気持ちの方が強いです。もちろんそういうことがこれから先、世の中にあってほしくないし、そんなことが現実にあるんだよっていう意味では、言った方がいいかもしれないという葛藤はあるんですけど、自分自身は……あれかなあ、戦争体験者の方のなかで、自分で語りたい方と、語りたくない方がいるような感じなのかなあ。一緒にするのはよくないのかもしれませんけど、それに近いもののような気がしますね」

 彼女が言うことはもっともなことだ。そしてその蓋を開けようとしている私は罪深い存在である。だがそれでも私は聞いてしまう。

「もし、あのときの先輩に偶然会ったらどうする?」
「もう、どうなるんだろう。ただ、ある意味、私の原動力のなかに、あの人たちを見返してやろうというのがあるんで。まあ、そのときにどこまで自分が夢を実現してるのか、やりたいことに到達してるかはわからないですけど、到達してたら、私こんなにすごいことができるようになったんだけどって……。まあ、いまのままの私だったら、たぶん隠れちゃいます。だからもっと自信をつけてから……」

 あれほどの苛烈な体験で傷だらけになりながらも、それを原動力とする。もちろん、薄氷のようなもろさはあるのだろうが、少なくともそれを口にできる限りは、芯の部分には強い生命力が宿っていると感じた。だから、さらに踏み込んだ話をする。

1 2 3

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

新刊紹介

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

小野一光

おの・いっこう●1966年、福岡県北九州市生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。「戦場から風俗まで」をテーマに、国際紛争、殺人事件、風俗嬢インタビューなどを中心とした取材を行う。
著書に『灼熱のイラク戦場日記』『風俗ライター、戦場へ行く』『新版 家族喰い——尼崎連続変死事件の真相』『震災風俗嬢』『全告白 後妻業の女』『人殺しの論理』『連続殺人犯』などがある。

週間ランキング 今読まれているホットな記事