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小野一光「限界風俗嬢」
過去の傷を薄めるため……。「してくれる」相手が欲しい……。
性暴力の記憶、セックスレスの悩み、容姿へのコンプレックス――それぞれの「限界」を抱えて、身体を売る女性たち。
そこには、お金だけではない何かを求める思いがある。
ノンフィクションライターの小野一光が聞いた、彼女たちの事情とは。

今回は、第1回から4回にわたり登場したSMクラブで働く女子大生、アヤメ
今はもう風俗の仕事をやめたものの、その後、精神の不調に苦しめられ……。
前回に続き、アヤメが精神科に通うことになった経緯が語られます。

「普通の女子大生」に戻っても――語りたくない過去、折れそうな心のバランス

「メンタルの薬」を飲んでいるアヤメ

 そこでさりげなく口にする。

「病院は行ってるの?」
「行ってますねえ」
「どれくらいの割合で?」
「一、二週間に一回ですね。いまは薬を変えたり調節してる時期なので」
「そっちのメンタル面に関していえば、やっぱり原因としては中学、高校時代のことがいちばん大きいのかな?」
「たぶん、そうだとは思いますねぇ」
「解消はできないよね」
「ちょっと治んないですね、なかなか……。まあ、いままで鬱病だと思われてたんですけど、もう一回再診っていうか、チェックし直してみたら、自分がこれは幻聴の部類に入るのかなと思ってたものが、一応病気的にはしっかり幻聴に入るらしくて、鬱病じゃなくて統合失調症だっていうことみたいで……」

 アヤメがここまで話したところで、注文していた板わさなどの食べ物が運ばれてきて中断する。彼女は毎回そうだが「ありがとうございます」と店員に礼を言う。そして店員が去ると続きを話し始めた。

「お医者さんからは感情障害だと言われて、あと、一回オーバードーズの経験があると、睡眠薬を出してくれなくって……。そういうわけで、睡眠薬は出してくれないし、お薬も弱いのじゃないとダメみたいで、だから弱いのをどう組み合わせるかというのをいまやっているところなんです」
「幻聴ではどういう声が聞こえるの?」
「だいたい責められてる声ですね。なんか、『死ねばいい』とか明確に聞こえたり、雑踏のなかで誰かになにかを言われてたりとか。で、幻覚としては、ずっと自分の右斜め後ろに人がいるような感じがして、それが殺気を持った人がいるような感じなんです。目の端に映ってるような感覚」

 彼女のなかに先天的な因子があるかどうかは判然としないが、過去に負った心の傷がなんらかの影響を与えていることは明らかだろう。私はひとまず現在のことから離れ、未来についての話題に方向を転換した。

「大学院の先はどうするつもり?」
「いちばんに目指しているのは大学教授ですね。ただもう一つ、文芸の同人誌を専門に請け負う出版社を作りたいとも思ってるんです。そういう需要はあると思うから。まあ、調べてはいますけど、すごい皮算用ですし、学生の考えることなんであれなんですけどね。けっこう難しいとは思うんですけど、やってみたいなって……。だから理想としては、大学教授をやりながら、ある種の副業としてその会社をやれればいいなって……」

 会社といえば、彼女の親友であるリカは学生ながらに起業している。そのことがふと気になった。

「あの、リカちゃんがやっている会社って、最近どうなったか聞いてる?」
「一応やってはいるみたいですけど、本格的には動いてないみたいですね。でも、将来的にリカがその会社をやりながら、彼女の彼氏さんも自分で映像系の会社を立ち上げたいみたいで……。じつはリカ、その彼氏さんと結婚する前提で、いま同居してるんです。彼氏さんは学生なんですけど、就職先が決まったらしくて、結婚する予定があることは、その会社にも伝えているみたいです」

 彼女が話すリカの彼氏というのは、どうやら以前のインタビューで聞いていた二十八歳のホストではないようだ。それはまた直接本人に話を聞く必要があるかも、などと考えていると、目の前のアヤメが言う。

「まあ、私もさっき話した出版系の会社を立ち上げるときには、彼女のところに映像系とかホームページ作成とかは仕事として依頼するよって言ってるんですね。そのために私も学校での勉強が落ち着いたら、知的財産管理技能士の資格を取ろうと思ってますし」

 ちゃんと前を向いている発言を聞いたことで、質問しにくいことを切り出す。

「あのさあ、いまだから話せることを聞きたいんだけど、過去に性的な被害に遭ったのに、大学生になって選んだ仕事が風俗だったのはどうしてなんだろう?」
「うーん、ある意味、自傷だったのかなあって。自傷行為の一部だったと」
「そういう自傷をやってみて、いまはそのときの経験についてどう捉えてる?」
「まあ、辛かったところもありますし、もちろん。ただ、後悔はしてないです。やって良かったかって聞かれると、まだなんとも答えは出ないですけど、やったことによって、人の深いところまで知れたなっていう……。お店ではプレイ以外でお話しする時間もあったりするんで、いろんな人のいろんな面を見れたことは良かったかなって……」
「自傷の反面、癒しになることもあったりした?」
「あったと思います。それこそ人の話を聞くっていうことが、私のなかである意味得意なことでもあり、苦手なことでもあり、自分を顧みるきっかけにもなってたと思うんです。あと、仕事中の私って、私であって私でないので、自分じゃない自分でいる時間の間に、自分の悩みを隠すという、そういう時間でもあったのかなって」

 内面に向けて、木を森に隠すということだろうか。ただし、木は木でも、傷付いた木だ。

「つまり、その時間においては、悩みから解放されてたわけだ」
「そうですね。悩みを人に言わなくても、そこから一時的に離れられるっていうか。私のなかでは、本当は聞いてほしいが強いんだと思います。ただどうも、なにかと相談される側に回っちゃうんで……」

 そう言うと、「ははは」と小さく笑った。

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小野一光

おの・いっこう●1966年、福岡県北九州市生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。「戦場から風俗まで」をテーマに、国際紛争、殺人事件、風俗嬢インタビューなどを中心とした取材を行う。
著書に『灼熱のイラク戦場日記』『風俗ライター、戦場へ行く』『新版 家族喰い——尼崎連続変死事件の真相』『震災風俗嬢』『全告白 後妻業の女』『人殺しの論理』『連続殺人犯』などがある。

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