よみタイ

篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

第8回 還暦過ぎのシリコンバスト

 手術日が決まると、検査とその結果を聞くために頻繁に病院に通うことになった。
 初日は、医師や看護師との面談の他に、体重を量ったり、血液や尿の検査など、こちらの体が手術に耐えられるかどうかを判断するための健康診断のようなものがあった。翌週からはマンモグラフィー、エコーなどおなじみのものに加え、MRIなど本格的な検査が始まる。

 MRI検査は強い磁石と電磁波を使って体内の状態を輪切りにして撮影する。仰向けになった状態で、かまぼこ形の棺桶のような空間にゆっくり呑み込まれていくもので、以前受けた脳ドックで経験済みだ。
「ああ、ちょっと音がうるさいあれね」と気楽に検査室に。
 何気なく検査台を見て、えっ? 肩から下あたり背中部分が通常の台ではなく、真ん中で仕切られた四角い枠だけになっている。
「そこにうつぶせに寝てください」
「はあ?」
 エステのように? 真ん中で二分された四角い枠は、うつぶせに寝て両乳房をはめ込むためのものだった。そこからぶらん、と宙に垂れ下がった乳房の内部の画像を撮影するらしい。想定外であると同時に、何ともシュールな図だ。
 脳ドックのときのMRI検査では、ヘッドホンから音楽が流れてきて、ギー、ガチャガチャ、カコンカコンというあの音を和らげてくれたが、こちらはそんな余計なことはしない。耳栓を渡され自分で耳に突っ込む。
 造影剤を点滴されて、まくらに額を押しつけしずしずと下半身から機械の中に滑り込んでいく。むき出しになった乳房がすかすかと薄ら寒かった。

 二日後に出た結果によると、エコーでは1.5センチほどのがんが右下に二つとらえられただけだが、MRIの画像で見ると、がんは中心部から乳腺全体に白くもやっと、意外に広い範囲に、散らばっていた。つまり温存の選択は最初からなかったわけだ。乳頭からの微量の出血を認めたときから、クリニックや病院の先生方はすでにこの状態を予測されており、切除の方を勧めたのだろう。
 大病院の検査漬けについてはよく話題に上り、批判もされる。今回もクリニックで行ったエコーやマンモグラフィーを病院でも繰り返しているが、その目的は結局のところ「取り残しをなくし、かつ無駄に切らないため」だ。開いてから「うわわわ! こんなに広がっている」とか、「再発すると困るから、とりあえず全部、リンパまで取っておくか」といったことにならないために、事前に調べられるかぎり調べておくのだろう。

 形成外科の先生や乳腺外科の先生など、チームの先生方との面談と診察はとどこおりなく進む。
 形成のN先生も女性だ。小豆あずき色の診療着と同色のパンツ、スニーカーっぽい靴はほとんどの女医さんたちに共通のスタイルだが、さすがに形成の先生。お化粧や髪型にさりげなくおしゃれ女子の雰囲気を漂わせている。
 だが診察となると、えっ? 
 距離が近い。真正面からこちらのおっぱいを見つめ、「ふんふん」と納得したようにうなずきながら、しっかりと顔を見て説明。
 膝頭をかぱっと開いて患者に接近し、椅子にかけたこちらの体を抱き込むようにして、しっかり観察し、話をするのだ。
 医者だ! とちょっと感激する。普通にセンスの良いおしゃれ女子に見えるが、中身は筋金入りの医者だ。
 聖路加病院にはこの手の若い女医さんがぞろぞろいる。朝のミーティング時など壮観だ。
 入学試験で女子をふるい落としていたT医大よ、こういう方々の可能性を無視するのか?
 有能で頼りがいのある若い女子たちが、結婚し、出産した後も、しっかり仕事を続けられるようなシステムが早急に作られ、機能することを切に願う。
 
 それはともかく、勢いで再建を選んだが、その先に再び二択が待っていた。
 太ももや腹、背中などから自分の組織を取って再建する方法と、シリコンなど人工物を入れて膨らませる方法だ。それぞれについてのメリット、デメリットを先生に説明されるが、痛いのは一ヵ所で十分、という理由から、即決でシリコンインプラントを選ぶ。
 続いて先生からシリコンインプラントにした場合に起きる合併症、その他のリスクについての説明があり、乳房の一部が黒く壊死えししたこわーいカラー写真などを見せられる。だが確率的にはそうしたケースはごく低いことが説明され、異常が感じられたらすぐに連絡をするようにと言われる。
 続いて乳房に入れるシリコン本体にさわらせてもらう。形も大きさも様々な、白く半透明な、柔らかなグミのようなものだ。さわり心地はすこぶる良い。
 還暦過ぎてのシリコンバスト。感無量……である。

                                       画像提供:PIXTA
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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。最新刊は『鏡の背面』。
撮影:露木聡子

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