よみタイ

篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

乳輪はタトゥーで作るって!?

介護のうしろから「がん」が来た! 第9回

 がんの切除手術によってシリコンバストに、と言っても、手術と同時にシリコンを入れるわけではない。その前にティッシュエキスパンダーといって皮膚や組織を引き伸ばす円盤状のものを埋め込む。こちらは白い皿のような無骨なもので、中央に水の注入孔が付いている。術後に乳房に針を刺してその注入孔に生理食塩水を入れ、膨らませていくのだ。
 バストに針を刺される。考えただけで痛い。
 皮膚やその周りの組織を、ティッシュエキスパンダーで十分伸ばしたところで、八、九ヵ月後に再手術してシリコンを入れる。さらにそうして膨らみを作った後に、中心部の再建を行う。乳輪はタトゥー、乳首はもう一つの方を半分取って移植するとのこと。移植できるほど乳首が大きくないので、私は乳輪、乳首の再建はパスして膨らみのみを作ることにした。
 だけど、乳輪をタトゥーで作るって……なんか、すごい話だ。
 
 一通りの説明が終わると、再建の資料にするために、上半身裸になり、胸のアップ写真を撮る。
 そういえば今ほどセクハラがうるさく言われなかった三十年前、某男性週刊誌で「あなたのおっぱい見せてください」というおばかな企画があって、道行く若い女性にこんな感じで披露させている写真があったなぁ、と思い出す。
 形成のN先生がデジカメで正面、横、斜めから手際よく撮っていく。十日後には無くなっちゃうんだからきれいに撮ってね、先生、って違うか……。 
 
 待合室に戻り、渡された問診票に記入する。再建を決めた動機や、再建後に何をしたいかといった内容を問うものだ。
「子供と一緒にプールに行きたい」「温泉に行きたい」「すてきに服を着たい」「水着を着たい」「海で泳ぎたい」などなどの項目が並んでいる。「子供と一緒にプールに行きたい」の項目には、待合室にいた若いご夫婦の姿がまぶたに浮かび切実さに胸を衝かれる。
「温泉に行きたい」については、病院の売店に行けば、乳がんの手術痕を隠すための専用タオルなども売られている。だが、その程度のことなら再建するしないにかかわらず、堂々と入ったらどうだろうか。以前、片方を切除した友人が「周りの人をびっくりさせるのは悪いから」と日帰り温泉旅行を断ってきたことがあったが、「ああ、たいへんだったな」と思いこそすれ、今どき他人の手術痕にびっくりする女などいない。
「ママ、あのおばちゃん、おっぱい片方無いよ」と知らない子供に指を差されたら、「ああ、これはね」と説明してやるもよし。ひとつ知識を増やしてやれる。

 

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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