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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」

若者9人、おばさんひとり。42歳の合宿免許

ミクロの視点で見るひとつひとつの出会い

 教習も終盤に差し掛かってきたとき、最初から誰とも話さずにひとりで過ごしていた女の子に話しかけてみました。応急救護の教習のとき、見ると、全身登山ブランドで固めていたので、これはと思ったのです。
 彼女は中国からきた留学生で、東京の大学を卒業したばかり。今は新宿に住んでいると聞いて、遥々関東からやってきたのは私だけではなかったことを知りました。学校ではジェンダーの研究をして、今は日本のゲーム企業に勤めようと思っているとのこと。予想通り、東京周辺の山々を登っていて、登山のために免許を取りにきたそうです。いつか一緒に山に登ろうと約束しました。
 もうひとり印象に残っているのは、福岡で水道工事をしている23歳の男の子。今、日本のインフラは老朽化が進み、橋やトンネルの半数は数年後には耐用年数を超えると言われています。水道管の老朽化も深刻で、たびたび取り沙汰されてきた問題です。
 その話を彼にすると、「もうボロボロっすよ。サビだらけ。2、3年後まで仕事びっしり入ってますもん」と一言。やはり、そうか。彼がいないと、飲み水が危険に晒されるんだなあと思うと感謝せずにはいられないのでした。「日本の水道、よろしくお願いします!」と言うと、笑顔でビシッと敬礼をキメてくれました。
 倖田來未教官は私の2つ上で、3人の子どもを育てるお母さん。一番下の子はなんとまだ1歳。あまりにも突然の離婚にうちひしがれていたところに、突如として現れた再婚相手とのお子さんだそうです。LINEでのやり取りを続けるうちに、歳も近いことからお互いの境遇を話すようになり、私のこれからをたくさんのハートマークで励ましてくれるのでした。

 マクロの視点とミクロの視点。このふたつを私なりに大事にしてきました。
 ひとつの現象を社会全体で見たときにどう見えるか、個々で見たときにどう見えるか。
 よく“平均”の概念が使われますが、平均は個を覆い隠してしまいます。現場の人の声を拾うのは、平均に惑わされないため。格差が広がっていったとき、この平均の概念を用いて社会が語られてしまったら、そこには格差など存在しないことになってしまいます。

 たった2週間で、経験値が飛躍的に上がった気がします。このひとつひとつの出会いが、何に結びつくかはいざ知らず、いつか自分で車を運転してこの町に再びやってこようと思いました。
 仮免で2人落ちてしまい、卒業式は8人で行うことに。校長先生から話があり、その後スクリーンに映像が映し出されました。
 交通遺児の話があり、その上で教官たちがどんな思いをもって指導にあたっているか、その思いが文字で起こしあって、背景には教官たちの指導風景や卒業していった生徒たちの写真が映し出されます。実は教官のなかのふたりは夫婦で、結婚式の模様が映し出されたときは、生徒から軽いどよめきが上がりました。
 映像が終わると、後ろの扉から教官たちがぞろぞろと入ってきて、全員並んで私たちに一礼し、最後は教官と生徒全員で記念撮影。それぞれ、担当教官から一言入ったメッセージカードを受け取りました。
 なんなんですか、この青春は。高校の卒業式では一切泣かなかったのに、歳なのでしょう、なんだかほろりときてしまいました。
 鹿児島に戻るバスを待つ間に、倖田來未教官に誘われて、留学生の女の子と3人で写真を撮りました。snowで撮られた写真は、3人とも肌がすべすべのつるつるに生まれ変わっていました。

 東京に戻り、鮫洲で学科の試験を受けたところ、満点様の効果は覿面で、無事に合格することができました。
 免許も取った、あとは本審査の結果のみ。
 銀行の担当者に進捗状況を聞くために連絡をして、話の流れでマンションを持っていることを伝えると、早く言ってくださいよとばかりに、それを担保にすんなりローンが通りました。もともと売る運命ではなかったんだなあ。この家との縁を改めて感じます。
 鹿児島の家の月々の返済額は、東京だと築50年の1Kの賃料。それで、120平米の平屋、プラス大きな畑。うむ。
 ローン、免許、リフォームの手配。全部、終わった。終わったぞ。始まっちゃうぞ。
 教習所を卒業して1ヶ月後、私は人生後半を過ごす巣を手に入れるために、また鹿児島へと向かったのでした。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

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