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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」

若者9人、おばさんひとり。42歳の合宿免許

東京さん、最近ちょっと目つき悪いですよ。

 合宿生活も1週間が過ぎ、毎日の食事が辛くなってきました。手料理が食べたい……。
 手作りの夕飯にありつくためには、30分以上歩いて駅の周辺まで行くしかなさそうです。普段から登山もやることだし、それくらいならと夕べの散歩がてら歩いて行くことにしました。
 調べてみると、その時間に開いていて、歩いていける距離に飲食店は3軒。ところが、実際に行ってみると、ひとつは既に休業していて、もうひとつは定休日。行ったり来たりでかれこれ1時間近く歩いて来たのに、空腹でまたコンビニ弁当に逆戻りは辛すぎる。最後の一軒である居酒屋に望みをかけて重い足取りで向かうと、赤提灯が朧げに光っていました。

 暖簾を潜ると、4人掛けのカウンターに3人組が座っていて、残りの1席に通されました。おじさん2人とおばさん1人で構成された3人から興味深そうな視線が飛んできます。
 席につくとすぐに隣りのおじさんから声を掛けられました。教習所から歩いてきたことを伝えると、あそこから歩いて⁉︎ と驚かれ、そこからなぜこの場所を選んだかに始まり、職業やら結婚歴やら根掘り葉掘り聞かれました。
 そこで、こちらも負けじと同じように質問を投げかけると、地域の話をたくさん聞くことができました。ひとりの方は時計屋さんで、町では最後の一軒。跡を継ぐ人もいないとのことでしたが、第九を歌うことが趣味で年末を楽しみにしているそう。
 残りの2人はご夫婦で、観光課にいた経験から地域の名勝をたくさん教えてくれました。
歴史に始まり、鹿児島弁と宮崎弁の違いや、そこで暮らす人々の違い。その地に刻まれた過去と今の状況。話すにつれて3人の酔いも回っていきます。地元への愛がビシビシと伝わってきました。
 私も東京が好きだったはずなのになあ。
 私の生まれ故郷は、いつの間にか私を置き去りにして、どこかにいってしまうような気がしました。今の私には、こんなに愛をもって東京を語れる気がしません。大好きだった町なのに、最近顔つきが変わってきてしまったのです。

 先日、渋谷駅の階段で、ヒールを履いて数m先を歩いていた女の子が見事にすっ転んだとき、ひとりも駆け寄ることはありませんでした。その女の子も相当痛かっただろうに、何事もなかったようにすっと立ち上がってスタスタと歩いていきました。
 その気持ちはわかるのです。私もそんなとき、恥ずかしいから誰も手を差し伸べないでくれと思っていました。でも、実際にその光景を目にすると、それは狂気に思えました。
 教習所で禁止されているからとお酒は断っていましたが、一杯くらいと何度か言われ、じゃあ一杯だけというと、お店の女将さんが私に小さな声で「ごめんね」と言って、ごく薄い焼酎の水割りを作ってくれました。
 3人は水のようにお酒を煽り続け、へべれけになったところで代行タクシーを呼ぶことになりました。「ここで奢らなきゃ宮崎県人の名が廃る」とすべて支払ってもらい、教習所まで送り届けてくれました。
 第九を歌うとき連絡をすると電話番号を交換しましたが、果たして連絡が来るかどうかはわかりません。今まで日本中を旅してきて、その後連絡を取ることはないけれど、思い出を紡ぐ番号がたくさん登録されています。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

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