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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」

若者9人、おばさんひとり。42歳の合宿免許

20歳年下の移住の先輩に聞くブラックなお話

 日が経つにつれ、だんだん生徒達の間でも交流が始まりました。最初に私に話かけてきたのは、沖縄からやってきたという金髪パーマの男の子。「満点様、終わりました?」という言葉をきっかけに、他の人とも話すようになりました。
 ハタチ前後という彼らの年齢を考えると、当然私は母親に近い年齢だと思いますが、みんな自然に話しかけてくれます。
 ある日の夜、ゴミを捨てようと外に出ると、その内のひとりがタバコを燻らせながら天を見上げていました。空にはたくさんの星が瞬いています。
「何してるの?」と声を掛けると、彼は痰をペッとはいて、「流れ星、見えるんすよ」と言いました。そして、「俺、明日誕生日なんすよ」と。
 そこから、いろいろな話をしました。
 彼が17歳のとき、先輩から東京でいい話があると誘われて、家出同然で東京に行ったこと。職場は目黒のラーメン屋で、週6で朝10時から夜1時まで働いたのに月給23万円だったこと。寝る時間がないので店の近くに借りたアパートの家賃が9万円だったこと。
 散々コキ使われて、また先輩に「いい儲け話がある」と言われたとき、それを断って鹿児島に戻ってきたそうです。実家に帰ると、母親は大号泣で迎えてくれて、今は一人暮らしをしながら、彼がいない間に再婚していた母親の相手の職場で、一緒に働いているとのことでした。

 私が霧島に移住しようとしていることを告げると、彼は驚いた様子でした。
「東京から霧島なんて、すごいっすね」
「17でひとり鹿児島から東京にやってくるほうがすごいよ」
 本当にそう思うのです。今考えれば、私は東京から離れたことはなく、学生時代は敷かれたレールを走っているだけで、そのレールに大した疑問も抱きませんでした。
「俺、何も考えてないだけすから」。
 剃り込みが入っていたであろう髪型に、細い眉毛。でも、照れ臭そうに言うその姿は、純朴な青年に見えるのでした。
 私が不動産屋さんにお世話になっている話をすると、彼も同じように家を仲介してくれた不動産屋のおばちゃんから連絡が来て、ご飯はちゃんと食べているのか聞かれ、たまに食事に連れて行ってくれるのだそうです。
 東京が失いかけている何かがそこにあって、その気持ちをお互いに共有できた気がしました。私が移住しようとしている理由も、少し伝わったように思えました。
「俺、23になるんすよ。もう終わりっすよね」
「私42で、まだまだこれから! って思ってるのにやめてよね!」
 ふたりで笑い合って、「やべ、満点様やらないと」と彼が言うので時計を見ると、既に0時を回っていました。
 部屋に戻る背中に「お誕生日おめでとう!」と言うと、彼は振り返って、また照れ臭そうに「うっす!」と言って帰っていきました。
 翌日の学科の時間、彼は後方の席で授業を聞かずに満点様に取り組んでいました。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

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