よみタイ

酒井順子「家族終了」
男女の夫婦に、子ども二人。
かつて日本の「核家族」はそんなイメージだった。
現代は、入籍も結婚もせず、子どももいたりいなかったり、
血縁関係なく同居していたり、同性同士がカップルだったり。
家族とは何だろう――変わりゆく「家族の風景」を考察するエッセイ。

第5回 長男

 子供の頃、「格好いいお兄さん」がいることに、憧れていました。自分にも兄はいたものの、格好いいかどうかと言ったら、いささか疑問が残る。格好いいのみならず、頼りがいがあって、妹を可愛がり、そして守ってくれる。そんな兄がいたら‥‥と、私は夢想していたのです。
 おそらく、兄の方でも同じようなことを感じていたことでしょう。もっと可愛い、そして可愛げのある妹だったらよかったのにと、思っていたのではないか。
 昨今は、アニメの世界などで、妹萌えというジャンルがある模様です。兄を百パーセント慕い、邪気の無い愛らしさをぶつけてくる妹に対して、実の兄がほのかな、もしくは禁断の恋心を抱く、といった感じ。
 しかし私は、妹萌えの対象には決してならない妹でした。長子であるせいなのか性格のせいなのか、「要領」というものを知らずに生まれてきた兄が親から怒られまくって生きているその後ろ姿を、火の粉のかからない位置から、
「お兄ちゃん、何やってんだか」
 と、しらーっと眺めていた。末子によくいるタイプと言えましょう。
 一般的に、母親は息子を溺愛するもののようです。確かに、男の子のママ達を見ていると、その気がある人が多いもの。しかし我が家ではその傾向は薄く、何だかんだと私の方が楽な思いをしてきたような気が。
 持ち前の要領で、いつも「うっしっし」とばかりに楽な道を歩んでいる妹に対して、兄が萌えるはずがありましょうか。もっと頼りなげなドジッ子を、兄は可愛がりたかったのではないか。
 妹萌えの反対バージョンとして「兄萌え」というジャンルも、あるらしいのです。私が憧れていたのはまさに、その“兄萌え”でした。高校に遅刻しそうな朝、
「‥‥ったく、しょうがねぇなぁ。乗れよ」
 と、バイクの後ろに乗せてくれる兄を、私は求めていたのです。
 が、あいにく私は遅刻をしないタイプ。兄の方がのそのそと遅く起きてくるのであって、その結果、「‥‥ったく‥‥」と妹はひんやりとした視線で兄を見る、と。
「妹をお兄ちゃんが引っ張っていってくれる」という兄像に、私は憧れていたわけです。が、なにせ本物の兄は「要領」を知らない人。引っ張られるのを待っていたらどうにもならん‥‥と、妹は自分でグイグイ行くようになってしまい、そのうち、周囲の皆から、
「弟さん、元気?」
 などと、兄が弟だと勘違いされるように。実の叔父からすら、
「弟は最近、どうしてる?」
 などと言われる始末で、その度に私は、
「いえ、兄です。三歳上の!」
 と、語気を強めた。占いなどに行った時、
「あなたは長男の星を持ってるんですねー」
 と言われたことも、幾度かありましたっけ。
 格好いいお兄ちゃんを、頼りにしたい。‥‥ずっとそう思い続けていた私ですが、大人になってみると、「格好いいお兄ちゃん」などというものは幻でしかないことが、次第にわかってきます。友人知人のお兄さん達を見ていても、「兄」だからといって頼りがいがあったり、格好よかったりするわけではない。長子として生まれたことによる、親からの愛やら干渉やらプレッシャーやらにつぶされ気味の人も、少なくなかった。
 考えてみれば、世の「兄」達も大変だったのだと思います。二人きょうだいがもっともポピュラーだった私の時代、「兄」といえば、たいていは長男。もっと昔であれば、「長男は家を継ぐ大切な存在」として、他のきょうだいとは違う扱いを受けていたのでしょう。特別に大切にされることによって、長男は「自分がしっかりしなくてはならない」「自分が、この家を継いでいくのだ」という自覚を深めたのだと思う。
 小説などで昔の長男達の姿に接すると、弟や妹達の面倒をしっかり見ていて、父親の他界後は、弟や妹を経済的に支えたりもしています。特に、きょうだいが多かった時代の長男は、プチお父さん的な存在感だったのであり、お母さんも頼りにしている模様。
 長男が家を継いだなら、次男以下は分家したり都会に働きに出たりと、色々な苦労があったようです。水上勉の小説などを読んでいると、次男以下のきょうだいは、都会で失敗して故郷に戻ってきても、痩せた田んぼしか与えられずに、塗炭の苦しみを味わった‥‥といったことが書いてあります。長男の責任が非常に重いと同時に、次男以下の苦しみもまた深かった、その時代。女きょうだいは他家に嫁にいって苦労しなくてはならなかったわけで、姉や弟・妹の犠牲に支えられつつ、長男は責任を負っていたのです。
 しかし私の時代には、長男が特別に大切にされるといった風潮は、薄れていました。もちろん、代々続く酒蔵とかかつての殿様とか天皇家といった、長い歴史を持つ家においては、長男は依然大切な存在であったのでしょう。天皇家を見ていても、平成時代の後に天皇となる長男・浩宮ひろのみやさまと、次男の秋篠宮あきしののみやさまとでは、明らかにムードが違っていました。秋篠宮さまは、次男的というのか、比較的自由な印象を感じさせる方だったのに対して、浩宮さまは真面目さを崩さないタイプ。ずっと、「いつかは、天皇」という感覚をお持ちだったのではないか。
 長男にのしかかる責任が、反発にかわるケースもあります。知り合いの旧家の長男達は、ごく若いうちは「長男は、家を継ぐもの」という既成ルートに嫌気がさしたのか、ダンサーだのDJだのを目指す等、やんちゃなことをして親を心配させていました。しかしある程度大人になったり、父親が他界したりすると、「やはり俺がせねばなるまい」と、家業に戻っていくのが常だったのです。
 そして次男以下は、子供の頃から、
「家は兄ちゃんが継ぐのだから、お前は医者になれ」
 などと言われて、せっせと勉強。医大受験に成功したり失敗したりしつつ、自分なりの道を模索するのでした。
 特別な旧家でなくとも、地方の家においては、
「やっぱり俺が長男だから」
 といった発言を、今でもしばしば耳にします。土地に根ざした生活をする地方では、家や土地、および家族を守る責任者を明確にしておいた方がいいのかもしれません。
 しかし東京のサラリーマン家庭であった我が家では、その手のムードは全く漂いませんでした。誰も「家を継ぐ」ということに熱心ではなく、長男至上主義も全く感じられなかったのです。
 長男がとにかく一番、というシステムは、不条理ではありますが、ある意味では合理的だったのかもしれません。たとえ資質は今ひとつであっても、長男が絶対的に優遇されることに対して、他のきょうだい達は「そういう決まりなのだから、しょうがない」と思うことができたのではないか。
 対して、家父長制が弱まってきた中でのきょうだい横一線というのは、厳しいシステムです。長男だろうと次男だろうと、また男だろうと女だろうと、親からは実力で評価される。特に我々の時代は、既に偏差値という物差しが定着していましたから、数値できょうだいが比較されるという残酷な事態ともなりました。
 それは、長男にとってつらい時代となったのだと思います。「長男が一番偉い」という記憶の残滓ざんしはあって、
「お兄ちゃんなんだから、しっかりしなさい」
 などと親からは言われるのに、一方では長男だからといって下駄をはかせてはもらえず、全てのきょうだいが平等に評価される。長男以外の方が出来が良かったりすると、長男としては立つ瀬がないでしょう。
 長男至上主義から、きょうだい実力主義の時代へ。この家族像の変化は、企業等の変化とも似ています。昭和時代は、年功序列という形態で、安定していた日本の企業。基本的には、「年上の人が偉い」ということになっていたわけです。それがバブル崩壊の頃からか、いわゆる実力主義が、台頭してきました。実績をあげれば、若い人でも出世したり、活躍したりするようになってきました。
 集団を運営する時に、「年上の人を立てておく」という儒教的な考え方は、昭和の時代までは有効だったのでしょう。しかしバブルも崩壊、その古いシステムでは世界についていくことができないということで、企業の年功序列は変化していった。
 企業と家族は、その継続と発展を目的とする集団という意味においては、似ています。集団を引っ張る強い権力を、企業であれば社長が、家庭であればお父さんが持っていて、集団の維持・発展のために舵取りをしていたのです。
 そこに次第に浮上してきたのは、権力者あっての集団なのか、集団あっての権力者なのか、という問題でしょう。社長や父といった権力者のために他のメンバーは「下」となって支える、というケースが多かったわけで、昭和時代までは、権力者あっての集団、という空気が強かったのではないかと、私は思います。
 家庭もまた、お父さんや、次期お父さんである長男のためにありました。
「お父さんがいるから、私たちはごはんを食べられているのよ」
 と、お母さんは子供達に言い、お父さんは機嫌が悪くなると、
「誰のお陰でメシが食えているんだ!」
 と、叫んだ。お父さんや社長が、下の者達を従えて君臨していたイメージです。
 長年、「そういうものだ」と思って従っていた日本人ですが、しかし次第に、「集団の発展よりも、個人の幸せ」という感覚に、目覚めるようになります。企業において、奴隷のように働いても業績さえ上がればウットリできた日本人は、そんなことよりも働きがいや休みの取りやすさ、ストレスの少なさといった、クォリティー・オブ・仕事生活を大切にするように。
 家族においても、ひたすら「上」の人に従うことを、私達はやめています。私が中学生の頃、世の学校というのはやたらと「荒れて」いました。今で言うところのヤンキー、当時は「ツッパリ」が大量発生し、制服を改造したりシンナーを吸ったり、家庭や学校で暴力をふるったりしていたのです。「3年B組金八先生」は、そんな時代の中学生の心を描いたドラマでした。
 あの時代の中学生達は、なぜ「荒れて」いたのかなぁ。‥‥と考えてみると、おそらく家庭内でも校内でも、「偉い人」からの圧力に、反発していたのだと思うのです。時は偏差値時代でもありましたので、「勉強しろ」と親からはやんやと言われ、学校からはがっちり管理されていた。
 もっと昔の若者であれば、いやいやではあっても、偉い人達に従っていたのでしょう。しかしその頃にもなると、「どうして唯々諾々と従わねばならんのだ?」と、不満が暴発。父親の方も、既にそれを抑えるだけの権力は持っていなかった、ということではないか。
 私と同世代である、「荒れる中学生」達。そんな我々世代が今、どのような家庭をつくっているのかというと、いわゆる「仲良し家族」であることが多いのでした。父親が強権をふりかざすこともなく、長男だけを優遇することもなく、家族が皆、フラットな関係。
 我々世代は、家庭内の「偉い人」が強権をふりかざすことに、うんざりしていたのです。だからこそ自分の時は高低差の無い家庭を、と思っていたのではないか。
 昭和の時代は、妻の方が夫よりも威張っていたりすると、「かかあ天下」と言われていました。が、ふと気がつけば今、
「あの家は、かかあ天下だから」
 などと言われることはなくなりました。今となっては、夫が権力を握るよりも、妻主導家庭の方がよっぽど平和であることも知られており、「かかあ天下」は死語と化したのです。
 かくして長男の重責もまた、軽減もしくは分散もしくは消滅した、今。長男という存在が急浮上するのは、せいぜい葬儀の時くらいです。たとえば喪主というものは、たとえ姉がいても、弟である長男が務めるのが一般的。そして家の墓も、長男が継ぐというケースが多い。
 母親の葬儀の時、兄が喪主となってくれたことによって、私はずいぶんと楽になりました。兄の妻が出来た人で、おそらくは「長男の妻とはこうするもの」と、雑用関係も色々と担ってくれたこともあり、私は「悲しむ」ということに没頭できたように思います。
 葬儀における悲しみのピークは、告別式が終わる時、お棺の中に参列者が花を入れながら、最後のお別れをする時でしょう。私も号泣しつつ花を入れていたわけですが、そこでふと気付いたのは、「お兄ちゃん、緊張してる‥‥」ということ。
 そう、お棺を閉じた後には「喪主挨拶」というものがあって、それを前にして兄はパンパンに緊張していたのです。あー、なんかごめん。でも長男だもんね。‥‥と、私はその時とばかりに、兄に長男の責任を負ってもらいました。
 特に母と仲が良かったわけでもなく、溺愛されていたわけでもなかったのに、母の死後、兄はかなりその悲しみをひきずっていたように思います。それは、あの時に緊張のあまり、思い切り悲しめなかったことも、関係しているような気がしてなりません。
 そんな兄ももういないわけで、私は本当に長男的な役割を担うようになってきました。「長男の星を持っている」という占いは、当たっていたのです。
 なんか、こんな妹でごめんね。‥‥と、兄の写真にたまに語りかける私。妹萌え、させてあげたかったよ、と。
 しかし「妹萌え」モノが人気になるのは、私のみならず、世の中の「妹」が皆、兄にとっての理想からかけ離れた存在だからなのかもしれません。萌えることができるような妹などどこにもいないからこそ、アニメで理想の世界が描かれている。
 同じように私は兄萌えが叶わなかったわけですが、今となっては「姉ちゃんには頭が上がらない」的な、素直な弟が欲しいかも。もちろんその願いが叶うことはないわけで、せいぜい弟モノの漫画でも読んで、その欲求をなだめるようにしましょうか。

※この連載は、集英社学芸編集部ウェブサイトに掲載された「パパ愛してる」「火宅」「心配」「家事」の4章(現在サイト上で読むことはできません)とあわせて、加筆修正の上、2019年前半に単行本化の予定です。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。広告会社勤務を経て執筆専業。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞を受賞。著書に『おばさん未満』『男尊女子』『女子と鉄道』『源氏姉妹』『an・anの噓』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』など、現代世相の分析から古典エッセイまで多数。

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