よみタイ

「いびき対策アプリ」で己のいびきを知る。そして人生について考える

 そんないびき防止グッズの中で一番のお気に入りはマウスピースだ。熱湯に浸して柔らかくなったマウスピースをかちかちと噛んで歯形を取り、自分にぴったりのマウスピースを作る工程がとても楽しい。
 正直、いびき防止にはそれほど効果があるとは思えない。だが、世界にひとつだけの自分専用のマウスピースってのは、持っているだけでテンションが上がる。オーダーメイドというのはなんだって気分がいいのだ。
 
 あまりに嬉しくて、就寝時だけでなく、どこに行くのにもマウスピースを必ず携帯するようになってしまった。何か辛いことがあったら、マウスピースをはめればきっと大丈夫だ。ウルトラマンや仮面ライダーに変身できるアイテムを持っているかのような不思議な安心感。
 それは化粧品に関しても同じだ。お気に入りの化粧水に日焼け止めにリップクリーム。それらをバッグの中に忍ばせておくだけで心が落ち着く。
 人は齢を取れば取るほど身も心も弱っていく生き物なのだから、こういう自分だけの御守りをたくさん作っていかないと、人生はそのうちままならなくなる。

 さて、グッズの効果に加え、横向きの体勢で眠ることを習慣づけた結果、いびきの騒音は多少マシになってきた気がする。
 しかし私の場合、就寝中に何度か呼吸が止まってしまう、いわゆる「無呼吸症候群」の症状もあらわれているため、体質改善も含めて医師の本格的治療を受ける必要があると思われる。
 まあ、急いては事を仕損ずるともいうし、焦らずゆっくりと治療を進めていくつもりだ。

 そんなことよりも心配事がひとつ。
 恥ずかしながら私は、全裸にならないと集中して文章を書けないという厄介な体質を抱えた作家なのだが、最近、そこにもう一つ条件が加わった。
 どうやら私は、全裸になってマウスピースを装着しないと文章が書けなくなってしまったようだ。
 如何ともしがたい状況だが、そんな私にしか書けない文章があるはずだと信じ、これからも全裸にマウスピースで筆をとる所存であります。
 たまに大きないびきもかきながら。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は12月25日(日)21時配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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