よみタイ

「いびき対策アプリ」で己のいびきを知る。そして人生について考える

 再生終了。
 それはまさに野生のジャングル、いや、この世の終わりの地獄絵図。地鳴り、怪獣の咆哮、爆発音。およそ人間のものとは思えぬけたたましい音量の騒音がそこには記録されていた。
 グラフが指し示した音量は最大80デシベル。なんとこれは、救急車のサイレンとほぼ同じ音量らしい。
「幽霊も呪いも超常現象もあらかた経験してきたから、もう俺に怖いもんなんてないよ」と豪語するオカルト好きの友人にもこのアプリを勧めたところ「久しぶりに背筋がゾッとした」と言っていた。
 この世で一番怖いもの。それは〝寝ているときの自分〟で間違いない。

 ふと、昔同棲していた恋人のことを思い出す。ひとつ屋根の下で七年間も一緒に暮らしたというのに、一度も私のいびきに文句を言わなかった可愛い女の子。ずっと我慢していたのだろうか? それとも、ただ呆れていたのだろうか? もしあの子が「あんたのいびきうるさいよ」と正直に言ってくれていたら、私のいびきも、私たちの恋も違った運命が待っていたのだろうか?

 その恋人にこっぴどくフラれた挙句に家を追い出され、しばらく公園のベンチで寝泊まりする生活を続けていたときのこと。泣きながら眠る私の耳に聴こえてきた、公園の住人たちが奏でる〝いびきのアンサンブル〟。
 決して耳障りの良いものではなかったが、失恋で傷ついた心には、あれぐらいのやかましい騒音ぐらいがちょうどいい癒しになっていた。今でも忘れられない良い思い出だ。
 まあ、私のいびきは誰の癒しにもならず、ただの騒音でしかなかったようだが。

 とりあえずの対策として、ドラッグストアで購入できるいびき防止グッズを手あたり次第に物色。
 鼻孔を広げて呼吸を楽にしてくれるシール、鼻呼吸を促す口呼吸防止テープにヘッドギアサポーター、保湿マスクにアイマスクにネックピロー。全て装着してみると、エベレスト登頂隊かのような重装備になってしまった。
 いびきの音量はかなり抑えられるものの、これから毎日こんな格好で寝なきゃいけないのかと思うと、あまりの面倒臭さで逆に笑いが込み上げてくる。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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