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抹茶騒動

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 これまでも、テレビで特定の食品が体にいいと放送されると、スーパーマーケットの棚から、その商品がなくなることがよくあった。私は日中のテレビは観ないので、買い物に行って、食料品の棚の一角だけ、何もないのを見ては、
「ああ、テレビで紹介されたのだな」
 と思っていた。今回の抹茶騒動もその世界版ではないか。たしかにお茶類にはカテキンが多く、体にいい作用があることは知られている。でもそれは一般的に飲まれている、煎茶などを含むお茶すべてにいえることであり、抹茶に限っての話ではない。私は長い間生きているが、抹茶の作用として若く見え、肌がきれいになると書かれたものを読んだこともないし、聞いたこともなかった。もともと飲んできた日本人がそういうことを知らないのに、なぜ外国人が知っているのだろうか。
 今までに三度来日しているという、イギリスの男子学生が彼女とインタビューを受けているのをテレビで観たが、彼らは日本の回転寿司が大好きだという。イギリスで日本人が経営している鮨店はとても高価なので、学生の自分たちはとても行けない。リーズナブルな回転寿司もあるにはあるが、経営者は日本人以外の外国人で、日本の寿司とはいえないような代物が、スープやカレーなどと一緒にぐるぐるとまわっているのだそうだ。
 彼らが一番感激していたのは、イギリスでは煎茶を飲むのにも高いお金を支払うのに、日本の回転寿司店では緑茶が無料でいくらでも飲めることだといっていた。二人は大きな湯飲みでうれしそうに、何杯もおかわりしていた。
 煎茶、ほうじ茶を好きといわれるのは、私が紅茶を飲むのと同じ感覚なので、
「ああ、そうですか。おいしいと思ってもらってうれしいです」
 と素直に喜べるが、やはり抹茶となるとちょっと特殊である。お菓子作りのために製菓用の抹茶を購入するのはまだわかるけれど、
「茶道のお稽古用の抹茶をわざわざ買わなくても」
 と思う。
 日本に来て高級な抹茶を購入する人たちは、金銭的にも裕福な人が多いから、なるべく効果が高いものをといったつもりで値段の高いほうを購入するのだろうが、私としては、
「いまさら飲んでも、寿命は延びないし、肌も特別きれいにならないと思いますよ」
 といいたくなった。しかし日本人も他の食品に対して同じ行動を取ってきたのだから、外国人ばかりを非難するわけにもいかないだろう。
 そしてテレビ番組で紹介される「体にいい食品」騒動には、裏でもうけるためにそれらしきこと、今回は「長寿」だったり「若く見えて肌がきれい」なわけだが、それをアピールして儲けている奴らが必ずいるに違いないとにらんでいる。どこのどいつだと腹が立ってくる。ヤフーニュースの老舗茶舗の社長によると、抹茶は転売目的でまとめ買いをされ、海外で高い値段で売買されているという。テレビ番組の場合はいっときの騒ぎで、あとは潮が引いたようにおさまるけれど、抹茶に関しては、いつ潮が引くのかと気を揉んでいる。同時に茶道具のちやせんが品薄になっているのも気になっている。外国人は手入れが楽な、樹脂茶筅を使ってくれればいいのにと思う。
 先日、長らく抹茶が販売停止になっていた茶舗から、日時指定で個数制限はあるがこの時間から販売をはじめると案内があった。ちょうどその日時は、茶道のお稽古の真っ最中ということもあり、これは絶対に買わなければと師匠にも連絡して準備した。スマホに支払い機能を持たせていない私に代わって、兄弟子と姉弟子が指定時間と同時にサイトにアクセスして、何とか二人で四缶、購入できた。
 そしてあっという間に値段の高いほうから抹茶は売り切れになり、価格の安いものが残っていたが、それも翌日にはすべて売り切れていた。その茶舗のインスタグラムには、時差がある外国からの販売時間の問い合わせや、お目当ての抹茶が買えたと喜んでいる男性や、個数制限があるのに、海外への送料が高いのはどういうことかと、めちゃくちゃ怒っている女性のコメントがあった。書き込みをしているのがほとんど外国人なのを見て、なるほどと納得したのだった。
「外国人は遠慮してもらいたいなあ」
 というのが正直な気持ちである。
 そんななか、ある朝、食後にぼーっとテレビを観ていたら、映画のプロモーションで来日した、アリアナ・グランデが出ていた。インタビュアーが、日本で何か買いたいものがありますかとたずねたら、彼女が、
「抹茶セットを買って帰りたい」
 といったのだ。私はぎょっとして前のめりになり、
「あなた様のような超有名人がそんなことをいったら、また抹茶が買われてしまうじゃないですか」
 と抹茶に興味がある外国人が、そのインタビューを目にしませんようにと祈ったのだった。

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次回は6月11日(水)公開予定です。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』『雑草と恋愛 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』『捨てたい人捨てたくない人』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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