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驚きの料理の作り方

『かもめ食堂』のおにぎり、『パンとスープとネコ日和』の様々なスープ。
群ようこさんが小説の中で描く食べ物は、文面から美味しさが伝わってきます。
調理師の母のもとに育ち、今も健康的な食生活を心がける群さんの、幼少期から現在に至るまでの「食」をめぐるエッセイです。

イラスト/佐々木一澄

ちゃぶ台ぐるぐる 第16回 驚きの料理の作り方

イラストレーション:佐々木一澄
イラストレーション:佐々木一澄

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 若い頃は料理番組をよく観ていたけれど、最近はほとんど観なくなった。その原因は、当時は味付けに使う調味料の分量がとても細かく指定されていて、それを見ただけで、料理嫌いの私はうんざりしてしまったからだった。大さじ一杯半だの、小さじ三分の二などとずらずらと表示されるのを見ると、
「あー、面倒くさい」
 と作る気持ちはせていった。
 細かい調味料の指定について面倒くさがることについては、この連載で以前にも書いた。しかし人が物を作るのを見るのは好きなので、料理を学ぶというより、エンターテイメントとして観ていた。調理補助の裏方さんたちは大変だろうとか、出来上がりは完璧にしないといけないから、先生も大変だろうとか、出演者の大変そうな部分をチェックしては、これまで大失敗をした人はいるのだろうか、などと考えていた。
 当時はSNSなどはなかったから、料理本を読んで、著者の味付けを無視して、自分なりの適当な味付けをして失敗したり、面倒くさくなさそうなレシピを選んで作ってみたりを繰り返していた。その後、料理の分野も細かい分量ではなく、醤油大一、みりん大一など覚えやすいシンプルな味付けが増えてきて、私としてはずいぶん作りやすくなった。
 村上昭子、田川律の本を参考にしていた他に、調味料を割合とした料理本の先駆けともいえる、菊乃井の村田吉弘氏の『割合で覚える和の基本』も本当に役に立った。基本的に調味料は醤油とみりんで、味が足りないと思ったら、それを軸にして、他の調味料で補えばいい。料理が上手になるには、自分の感覚に合う料理本を一冊買ってきて、それを最初から最後まで作ったら身につくと、どこかで読んだ記憶がある。私の場合は最初から最後までと決められるのも、これまたいやなので、村上昭子本以外は、拾い読みで半分ほど作ったけれども、それでも何回かやっているうちに、本を見ないでも満足できるものを作れるようになった。といっても自分に限ってのことなので、他人ひとがどう感じるかはわからないが、他人様にはお茶はお出しするけれど、料理は出さないと決めているので、それでいいのである。
 半年前、もしかしたらもっと前だったかもしれないが、前の番組が終わって、そのまま次に流れてきた料理番組をぼんやりと観ていた。若い先生が出演していたのだが、びっくりしたのが、食材の下ごしらえを、フライパンの中でやっていたことだった。たとえば肉を焼く前に調味料を揉みこんだりする手順があるが、それをフライパンの中でやっている。私が知る限り、昔はボウルを、最近ではポリ袋を使っていて、もちろんそれは私でも許容できる範囲だった。しかしその先生は、
「こうすると洗い物が少なくなるから」
 といいながらぐいぐいと揉み込んでいた。フライパンは大まかにくくれば、調理道具かもしれないけれど、私は食材を調理するための道具だと思っている。下ごしらえをするために使うとは考えてもいなかったので、
「これはいったいどういうことか」
 と愕然としたのである。たしかにボウルを洗ったり、ポリ袋を洗ったり捨てたりする手間も無駄もないかもしれないけれど、フライパンの中に手をつっこんで揉み込んでいる姿は、どう見ても美しくなかった。というよりも見苦しかった。
 タイパ、コスパ重視で、今はこんなことになっているのか、他の先生たちも同様なのかと、毎日、その番組を観てチェックしてみたら、全員そうだというわけではなく、先生それぞれのやり方を尊重しているようだった。
 そんな話を料理好きの友だちにしたら、しばらく絶句した後、
「そんなことになっているとは……」
 とつぶやいた。各家庭で料理をする人がどうやっても自由だが、人にものを教える立場の人が、見苦しい姿を見せていいのかというのが私たちの見解だった。しかし若い人たちにとっては、それは見苦しいことではなく、
「こんな便利な方法があるのか」
 と目からうろこが落ちて試したくなった人が多かったかもしれない。偏見かもしれないけれど、YouTubeやテレビでもバラエティ系の番組だったら許容できるが、料理番組で流すようなことではないのでは、というのが古稀の私の意見だった。
 還暦をすぎた例の友だちはまじめな人なので、
「テレビの料理番組で、そういうのを流してはだめ。バラエティでもだめ」
 と怒っていた。きちんとした手順を踏んで、料理を作る段取りを教えるのが、番組としての務めである。視聴者がアレンジするのは自由だが、先生がそういう態度ではいけないという。たしかなのは、番組のスタッフがフライパンでの下ごしらえを許容したということだ。タイパ、コスパよく手間をかけず、という観点から、その先生に出演を頼んだのかもしれない。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』『雑草と恋愛 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』『捨てたい人捨てたくない人』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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