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年に一度の皿うどん

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 その後、デパートでの用事を済ませて、家に帰る途中、これまで一人で外食をしたときに、何を食べていたのだろうかと思い出してみた。三十代、四十代の頃にいちばん多く食べていたのは、揚げた細麺の上に野菜と海鮮を炒めたあんがかかっている、あんかけかた焼きそばだった。個人の店には入りにくいので、ショッピングモールやデパートにある中華料理店を利用していた。
 麺の上に野菜と魚介がたっぷりのあんがかかっていて、徐々に麺にしみていくけれど、最初は麺はぱりっとしていなくてはいけない。私は麺が細いほうが好きなので、どちらかというと長崎皿うどんの細麺タイプ好みといったほうがいいのかもしれない。下の麺が最初は針金のようにぱりっとしているが、だんだんあんに負けてしんなりしてくるのがいい。どの中華料理店でもそれなりにおいしかった。デパ地下で売っている店もあるけれど、テイクアウトするにはすでに麺がしんなりしすぎているので、買う気にはならないのだ。
 店でできたてを食べたいのに、いつからかそういったショッピングモールやデパートのレストラン街の中華料理店には、大勢の人が並ぶようになった。昔はそんなに混雑していなかったのにである。私は並ぶのが大嫌いなので、三人並んでいるともうそこには行かない。しかし私が行きたい店の前には、ずらっと椅子が並べられて、そこに目一杯、人が並んでいる。その99パーセントがおばさんである。平日の時間帯なので、そういう人たちが集まるのは当然なのだが、あまりの人数の多さに、座る気がなくなる。それどころかすでに待機用椅子はすべて埋まっていて、座ることさえできない場合が多くなった。
 それでもちょうど時間帯がずれていたのか、誰も並んでおらずスムーズに店の中に入れたときもあった。メニューを見ても、食べたいものは決まっているので、気持ちは揺るがない。店員さんに、
「あんかけ焼きそばをお願いします」
 と注文して、
「麺は柔らかいほうですか、かたいほうにしますか」
 と聞かれて、
「かたいほうでお願いします」
 といったとたん、体中に喜びがあふれる。あのあんかけかた焼きそばが食べられると思うと、うれしくてたまらない。あんの中のうずらの卵を最後まで楽しみに残して、ゆっくり食べる。なんておいしいのだろうと感激する。一人で食べていたら、食事を終えた帰りがけに、私のテーブルの前を通りかかったおじいさんが、なぜか不思議そうな顔をして、じーっと私の顔を見ていたが、そんなに私があんかけかた焼そばを食べているのが、珍しかったのかなと思う。
 そんなあんかけ焼きそばの話を友だちにしたら、
「あれって、中途半端じゃない?」
 という。彼女はそれならば普通の焼きそばのほうがよいという。上が柔らかくて下がかたいのはどうも苦手といわれたのだが、私はそれが好きなのだから仕方がない。でも食べたくなったそのたびに店に行く気にはならない。家で作れないのかとちょっとだけ思ったが、麺は揚げなくてはいけないだろうし、私は家では油を大量に使う揚げ物はしないことにしているので、何か手軽に食べられる手段はないかとインターネットで検索してみた。すると年に何回か利用している通販サイトに、長崎皿うどん細麺五袋入りの冷凍品があった。野菜も魚介もたっぷり入っていておいしそうだったので、早速、注文してみた。
 製造してすぐの商品を送ってくれるらしく、しばらく待ったけれど、無事に荷物は届いた。私好みの極細麺を揚げたものと、野菜と魚介に火を通して冷凍してあるものと、あんの材料にする粉が同封されていた。手順としては、具材を開封してお湯で二分ほど煮た後、あんの材料の粉を水で溶いたものを、その中に入れて、とろみがついたらおしまい。それを皿にのせた細麺にかけたら、具材たっぷりの皿うどんが出来上がるのである。
 熱いあんを麺の上に広げながら、早く麺がしんなりしないかなと期待する。しかししんなりしすぎるのもいやなので、柔らかくなったところとかたいままのところを一緒に食べる。ただ極細麺のかたいのは、針金みたいで口の中に刺さりそうになるので、気をつける必要があった。
 野菜、魚介もたっぷりで、あまりに簡単でおいしいので、連日、食べていたら、あっという間に二キロ太った。油脂も使われているから、それも仕方がない。体重増加はたまたまかもしれないといいほうに考えて、次は二箱を一度に注文して食べていたら、あっという間に四キロ太った。これを食べると確実に太るとわかり、食べたいだけ食べるというわけにはいかなくなったのが悲しい。
 その後は一年に一度の頻度で注文して、食べるのも一週間に一度だけと決めて、五袋を五週間にわたって食べるようにしていたが、それでもこれを食べるとちょっと体重が増える。増えたまま、また次を食べると蓄積していきそうだったので、増えた分は一週間で元に戻して、また食べるのを繰り返していた。ただあんの材料の白い大量の粉にはちょっと抵抗があったので、あるときからそれは使わずに、鶏肉を茹でたときのスープやかつおぶし粉、昆布としいたけの出汁などを使い、少量の醬油と葛粉でとろみをつけるようにした。この程度の手間は、面倒くさがりの私でも問題なかった。
 そして今年はじめて、ひと月前に注文しておいしく食べた。もちろん間違いなく太るのだが、体重の増減をコントロールして、五袋食べ終わったときには、元の体重に戻した。また注文は来年である。自分の好きなものを好きなだけ食べられる年齢ではなくなったのを、つくづく感じる秋なのだった。

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次回は12月11日(水)公開予定です。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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