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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

囲碁のプリンセスが白石で作ったハートマーク

「あの子は、爺ちゃんの友達の真鍋さんの孫娘でな、千秋ちゃんって言うんや。真鍋千秋まなべ ちあきな。お前と同じ小学校三年生やぞ」
「そうなんや。でも学校で会ったことないよ」
「千秋ちゃんは住んでる場所が違うから北小学校に行ってるんや」
「そうか、僕は南小学校やもん」
「うん、でも中学上がったら、千秋ちゃんもお前も同じ中学に入るんぞ。だから今のうちから仲良くしとき」
「嫌や、僕、女の子が苦手やから」
「ほな、爺ちゃんも一緒に行ってやるから、挨拶しよか」
 
 祖父に手を引かれるがまま、私は千秋ちゃんのもとへ。近くで見ると分かるが、千秋ちゃんは中国の女の子みたいなツインのお団子ヘアーをしていて、それが本当によく似合っていた。うちの小学校にはいないタイプの女の子だ。違う町の女の子はこんなにも可愛いのか。

「千秋ちゃん、こんにちは、うちの孫と仲良くしてやってな。ヒロキって言うんや。同い年なんやで」

 祖父がそう言うと、千秋ちゃんはぬり絵をしていた手を止めて、私の方を向いてにっこりと笑った。そして「ヒロキ~くん。千秋~です!」と言ってペコリとお辞儀をする。煙草のけむりに覆われた碁会所の中に咲く一輪の美しいチューリップ。そう表現したくなるほどに千秋ちゃんは可憐だった。
「……ヒロキです。千秋ちゃん、よろしくね」とモジモジしながら挨拶をした。デレデレな私の様子を見ながら、「うちのヒロキも、千秋ちゃんと一緒で碁を打つのが好きなんよ。めちゃ弱いけどな。一緒に遊んでくれんか?」と祖父がとんでもない嘘を言う。

「え! 一緒に碁が打てるの? やった~! やった~!」と千秋ちゃんはその場で万歳三唱。はしゃいでいる孫娘の様子に気付いた真鍋のお爺ちゃんもこっちにやって来る。
「千秋、一緒に碁を打てる友達ができたんか! よかったなぁ。ヒロキ君、仲良く一緒に碁を打ったってな。頼んだで」と、私の頭を撫でる真鍋さん。これはもう覚悟を決めるしかない。
 
 祖父と真鍋さんは「じゃあ私たちも一局打ちますか」と、向こうに行ってしまった。どうしていいか分からず立ち尽くす私の右手に不意にあたたかい感触がした。
「こっちが私たちの場所だよ~」と千秋ちゃんが私の手を引いて子供用の小さな机に導いてくれた。祖父に千秋ちゃんにと、今日の私は誰かに手を引いてもらってばかりの一日だ。
 顔を真っ赤にしたまま椅子にちょこんと座る私。机の上には通常の碁盤よりも一回り小さい子供用の碁盤があった。千秋ちゃんは慣れた様子で碁石の準備をして「たぶん私の方が強いから白石使うね~」と笑った。
 そう、囲碁の世界では実力がある方が白石を使うのが通例なのだが、千秋ちゃんはずっと白石を使うべきだと私は思った。だって女の子の可愛いに勝てるものなんてこの世にはないのだから。

 何局か打ってみたが、一度も千秋ちゃんに勝つことができなかった。私が弱すぎるというのもあるだろうが、それでも子供が打つ碁のレベルではないように思えた。
「なんだぁ、ヒロキくん、弱いね、弱い弱い」と千秋ちゃんは意地悪く笑う。しかし、どうしたことか。男友達や家族に言われたらイライラする言葉でも、千秋ちゃんに言われたら全然嫌な気持ちにならないのだ。

「試合ばかりしててもつまらないから、石並べて遊ぼう! キリンさんの形に並べよ!」
 千秋ちゃんは、こちらの返事を待たずに鼻歌まじりに碁盤の上に碁石を並べ出す。なんて自由奔放な子なんだろう。
 楽しい時間はすぐに過ぎる。いつの間にか窓から夕陽が差し込む頃になり、祖父と一緒に帰り支度を始めた私に「千秋はいつも日曜日にここにいるから、また来てね。あともっと碁が強くなってね。じゃあね」と両手でバイバイと手を振る千秋ちゃん。

 その日から、私は暇があれば囲碁の練習をするようになり、祖父に頼み込んで、毎週日曜日は碁会所に連れて行ってもらった。もちろん、碁会所のマドンナ、千秋ちゃんと対局するために。
 囲碁や将棋といったテーブルゲームの良い所は、そのゲーム性ではなく、試合という形式を取って可愛い女の子と向き合って座れることだ。その素晴らしさに気付いた私はもう大人である。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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