2026.2.27
アートと介護の視点が交錯するとき――。介護職員でアーティストの宮田篤さんに聞く@≪微分帖≫ワークショップ【後編】
介護現場にも活かせる他者理解
「微分帖」を通していろいろな場を開き、ジャンルを横断していく中で、「介護・福祉という、もう一つの歩いてきた道と重なって、アートとケアが集まる場所でワークショップができた」という宮田さん。今回は、編集部の吉川さんが「地味だけど、やってみると多様性への気づきがある。スタッフや利用者さんとの新しいコミュニケーションツールになりそう」という観点が加わることで、宮田さんにとっては介護現場で働く人からどんな反応が返ってくるのかという実験にもなった。
ところで、宮田さんはどんなきっかけで介護職を始めたのだろうか。
「アーティスト活動だけでは食べていけないだろうから、手に職を持たないと、と思ったところからです。大学院生の頃に、ケアマネジャーをしながらダンスを続けている人がいて、障害福祉の仕事をしている方々と展覧会で会うことが多かったんですね。福祉の仕事に飛び込んだのが2009年。今ほどケアとアートにまつわるプロジェクトは自分の周りにはなく、いつか2つが繋がればいいなと思っていたので、自分が参加するものという意識はありませんでした。ただ、人はそれぞれに違うということに興味があって。人物デッサンも好きで、人がそれぞれどのように違うか、それに気づくのが楽しかった。
今、介護の仕事でも、目の前にいる利用者さんの人それぞれの違いに気づくのは大事なことなので、アートの視点にも近かったなと思います。
スタッフが残した利用者さんに関する記録を読んで、この気づきは面白いねとか、次に訪問したときに話題に出してみようかなとか、ちょっとしたことでも大事にしたい。こうした思いは、たぶん美術に触れる中で培われたと思います」。
「それぞれの人がこうしたいと思っていることに気づける人でいたい」という宮田さん。「希望がかなわなくても、私はこういう思いを持っているということをわかってくれる人がいる、とその人が思えればいいのかもしれない」と話す。
「例えば『日本じゅうの温泉に行ったけど四国には行けなかったのよね』と話す高齢の方に、『じゃあ来月に予定組んで行きましょう』と会話を返すことが、その人の気持ちを汲み取ることには必ずしもならないと思うんです。四国は行けなかったのよねと言って、その人が黙ってしまったなら、一緒に黙って過ごしてもいいし、行けなかったことを何度でも聞いて、聞く人と話す人の間に『そうだったんですね』という納得感が生まれることがまず大切です。
このやり取りは実際にあったことで、その時は四国の温泉の入浴剤をプレゼントしたらどうかって、娘さんと相談したんじゃなかったかな」。
行きたいけど体が動かない、歩けない、人に介助してもらわないとできないので億劫、などとネガティブに考えてしまう利用者にはどう返したらいいだろうか。
「解決できない苦しみを持つ人には、まずその苦しみをわかってあげる必要があると、『ユニバーサル・ホスピスマインド』を提唱するエンドオブライフ・ケア協会の研修で学んだことがあります。落ち込んでいる人には落ち込んでいる状況をまず認めてあげないと。即答で励ましちゃうと私の苦しみをわかってくれる人じゃないんだと、コミュニケーションがうまくいかなくなる場合もあるようです」。
「『歩けなくてお困りなんですね』、『以前は玄関まで歩いて行けたのが、今は行けなくなってしまったんですね』という相手のことを、『私が知っていますよ』、と伝える方が、一回沈んでからジャンプするように心を向き直す力になるはず。こちらから『車椅子があるじゃないですか!』と励ますよりも心を立て直せるのかなと思います。
そばにいる人が励まそうとしてくる人じゃなくて、しょぼしょぼの私でもそれを知ってくれる人なんだって思ってくれた方が力になる。ただし、ケアする方が潰れちゃう時もあるので、一緒に辛さを抱え込むまで同調はしなくていいと思います。僕自身は、視点を変える、すでにそこにあるものに気づく、ということを大事にしています」。
「他者」や「時間」を細かく分けて丁寧に見る
ところで、先日の「微分帖」ワークショップの日、筆者が自宅介護している母が初めて介護施設のショートステイに行った。母は、家に他者を入れることや自分が他所に行くことに抵抗があり、デイサービスやショートステイに行くことを、介護が始まってから7年にわたり断られてきた。しかし、このままでは筆者は取材に出られなくなり、失業してしまいかねない。ケアマネさんやヘルパーさんの後押しもあり、母もようやく踏み出してくれたのだ。
筆者は前編で紹介した「微分帖」のワークショップで、この本当にあったことを書いた。
「きょう/母が/初めて/ショートステイに行った」
そうしたら、向かいの方が2枚目を書いてくれて
「きょう/母が/早く/起きた/きんちょうして/出かけるしたくをした/初めて/ショートステイに行った」
というお話ができた。昨日の私にとってもショートステイをする母のための荷造りは初めてで、服や下着を圧縮パックに入れたり、持ち物すべてに名前を書いたり、薬を日付と朝・昼・夕、名前を書いて袋に分けて入れたりと、作業に追われて心に余裕がなかった。だから母が緊張していたことはわかっているようでわかっていなかったのだ。
施設のスタッフの方に車椅子を押してもらって玄関を出ていく母の姿を思い出しながら、ワークショップで会ったばかりの向かいの方に感謝の念を抱いた。母がショートステイに無事に行って帰ってきたことは、月面着陸ほどの大きな一歩だった。

そのことを伝えると、宮田さんは「その日の出来事だけでも、ここにどんどん挟めますね。お手元の『微分帖』はすごいお話ができましたね」と言ってくれた。
「微分帖」は「美文調」のダジャレで、細かく分ける本のようなものであり、無限にできるという意味で付けたそうだ。筆者は「微分」とは、他者のことや時間を細かく丁寧に見ることではないかと思った。
宮田さんは「自分自身のアイデンティティは、介護職であり、美術作家であるんですけど、これまでは、アーティストですと言って展覧会に行けばいいし、介護職ですと言って利用者さんのところに行けばいい、どちらかの顔でいればよかったんです。両方の仕事を続ける中でいつか2つがつながることもあるかな、と思っていたのが、今回のイベントでつながりました。
つながったらつながったで、これまで仕事別に分けていた自分のアイデンティティが揺らいできて大変というか……。自分自身がちょっと変わってきている気がするので、そういう自分が今後どのように『微分帖』を扱っていくのかとても楽しみです」と結んだ。
作品が、参加者だけでなく、作り手さえも変えているのだ。あなたを知る、私を知る「微分帖」は、あなたが変わる、私が変わる「微分帖」でもあるのだろう。
次回は4月10日(金)公開予定です
記事が続きます
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